2025年3月5日(水)

災害大国を生きる

2025年1月29日

 具体的には、ローマに首相直属の独立機関「市民保護局」を設置し、初代所長にザンベルレッティ自身が就任し、内務省や国防省、保健省、労働省、環境省、文化財保護局など諸省庁との横の連携を図った。さらに各州と全自治体にも市民保護局が設置されていった。

 筆者は、能登の知人に、「なぜイタリアではあれほど早く救助が届くのか?」と問われたのを機に、昨年5月から1カ月間、イタリアの災害支援を取材した。

市民保護局の利点は
ボランティアの質向上にあり

 ラクイラにあるアブルッツォ州の市民保護局を訪れてみると、気象や山火事、事故を監視する24時間体制のモニター室、倉庫には重機の他、テントやベッドが入ったモジュール、食堂用の大型テント、洗面所つきトイレカー、1日に1000食を賄える大型キッチンカー、ヘリコプターなどがあり、被災地に負担をかけないように自家発電機や暖房も完備していた。職員は78人だが、登録ボランティアが4000人で、全国では約30万人だという。

市民保護局のモニター室(筆者撮影)
アブルッツォ州市民保護局の倉庫にあった自家発電機や暖房機(筆者撮影)

 数年前、州知事から長官に任命されたマウロさんは、市民保護局の利点を「まず、消防隊や警察、軍隊と地元のボランティア団体の協働システムをつくり上げたこと。そしてボランティアの質の向上」だと言った。山火事の消火活動は頻繁で、コロナ禍にはワクチン接種も指揮した。つまり非常時だけでなく、平時から市民の暮らしを守る機関なのである。

アブルッツォ州市民保護局マウロ長官(筆者撮影)

 日本の内閣府の防災担当は約100人体制だが、人口が約5800万人のイタリアにおいて、政府の市民保護局は約600人が勤務する大組織だ。緊急時に招集がかかれば、消防隊や治安警察、陸海空軍、赤十字、ボランティア団体代表、鉄道、電力会社、地震学者など33人の代表が、即座に駆けつける。2009年のラクイラ地震では発生からわずか43分後に全代表が集まり、司令本部はその日のうちに現地入りしている。

アブルッツォ州の市民保護局の指令室。ここで代表者が迅速に意思決定を行う(筆者撮影)

 市民保護局に対する批判もある。「軍国主義の体制に結びつく」「公共事業や大手企業に効率よく金が流れる仕組みだ」といったものだ。ラクイラ地震では、主要8カ国首脳会議(G8)を控えた当時のベルルスコーニ首相が「被災地を選挙戦の会場に変えた」と非難を浴びた。

 それでも市民保護局が国民から支持される理由は、それがボランティア団体の存在感を高めたという側面がある。

 イタリアでは憲法に「人権を守るには、国民の連帯が基本である」と記されているように、国民主権を守るには主体的な政治参加が欠かせない。連帯を深めることが災害時にも功を奏するのだ。あくまで私見だが、汚職も多いイタリア政府への国民の不信感は根深く、日本のように「いざとなったらお上が何とかしてくれる」と考える国民も少ない。だから国民の連帯が欠かせないのである。

顔に重度のやけどを負った被災者を処置する訓練(筆者提供)

 イタリアのボランティア元年は1966年のフィレンツェ大洪水といわれ、ルネサンスの宝を守ろうと集まった若者たちは「泥の天使」と呼ばれた。しかし、市民保護局成立以後、ボランティア団体に被災地のニーズに応えるため訓練が促され、中には顔に重度の火傷を負った人の応急処置や心理的ケアに至るまで104時間の訓練を実施する団体もある。そこで明らかにボランティアのスキルが向上し、医師や心理カウンセラーなど技能ボランティアの割合も増えたという。災害対応の「プロ」を育てたのである。


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