急激な経済成長にもかかわらず路上生活者は減っていない
筆者にも“35~36年前と比較して、過去10年間でインドにおける路上生活者は減っていない”ように思われる。この点についてインド人に聞いてみたが、ほぼ全員が同じ印象を抱いていた。
背景には以下のようなメカニズムがあるらしい。経済成長から取り残された都市や町の貧困層が路上生活者になる。経済成長により豊かとなった都市や町に農村部から貧困層が生活の糧を求めて移動。そして都市や町の最下層の生活から路上生活者に転落する。こうして経済成長にも関わらずインドの路上生活者は減らないという。
やはり他の途上国と比較して根本的な違いは、カースト制度下の下層身分階層の存在だ。彼らには単純労働的職業しか選択肢がなく、低所得に甘んじるしかない。彼らの子どもの教育水準は低いままである。貧困のサイクルから脱却できないのだ。
ヒンズー教の根本であるカースト制度の桎梏が阻む社会改革
11月20日。ケララ州のコーラムのホステルで37歳のイスラム教徒の女性研究者と会った。彼女は「温暖化による海面上昇が地域共同体に与える影響」を調査するために逗留していた。
イスラム教徒の彼女は、カースト制度の問題点を客観的かつ論理的に指摘した。カースト制度化では、たとえ改宗しても地域共同体では元のカーストの扱いを受ける。つまり、故郷を捨てて移住しない限りカーストからは逃れられない。
彼女は投宿していたホステルのあるムンロー島の歴史秘話を、参考として教えてくれた。19世紀の英国植民地時代に同地方を統治していた藩王は、ムンロー島のキリスト教会にムンロー島を教会領として与えた。その後、ムンロー島は底辺のカーストの人々が逃げ込んでキリスト教に改宗する“駆け込み寺”となった。こうして逃げ込んだ人々は教会領の領民となった。
現代でもヒンズー社会では下層カースト、不可触賎民(untouchable)は職業などで差別を受けている。インドの政治家は1947年の建国以来、こうした下層階級に対して補助金を支給してきた。下層階級は補助金を受け取るためにカースト的差別を甘受してきた。政治家は補助金というギフトを給付して、選挙では下層階級から莫大な投票を集めてきた。こうして独立後もカースト制度は政治的に利用され維持されてきたという。
カースト下層階級保護制度が“逆差別”や“行政の腐敗の温床に”

女性研究者の話を聞いていたバラモン(カースト最上位の祭司階級)出身の学生から、意外な観点から下層階級保護制度(affirmative action)に対して批判があった。彼によると生活補助金の支給だけでなく、下層階級出身には大学受験で試験の点数に“下駄をはかせる”制度があり、さらに奨学金を優先的に受ける権利が与えられているという。
現代ではカースト上は下層階級でも巧みに蓄財して富裕層になっている家庭もあり、登録された身分だけで保護制度を一律に運用するのは、カースト上位階層への逆差別にあたると批判。彼自身の家は経済的には貧困層に近いが、バラモンなので奨学金申請は却下されたと憤慨していた。
他方で大学受験・公的機関の就職で有利になるように高いカーストの人間が役人に賄賂を払い、低いカースト出身者として受験することも少なくないという。こうして下層階級保護のための割当枠、点数の上乗せ、奨学金の優先は悪用されているようだ。