2025年4月13日(日)

Wedge REPORT

2025年3月7日

 意欲的な創作活動のかたわら、保守のオピニオンリーダーとして活躍してきた曽野綾子さんが亡くなった。誤解を恐れない筆鋒、鋭い舌鋒から、畏怖、敬遠されることが少なくなかったが、素顔の曽野さんは、思いやりあふれ、誠実な情けのひと、一方で「天然」ぶりも時にのぞかせる魅力的な女性だった。

作家の曽野綾子さん(産経新聞社)

 人間の心のうちに迫るベストセラーの数々、政治、文化、人道をめぐるその発言について論評するのは筆者の任ではない。本稿はささやかな機会に垣間みた〝人間・曽野綾子〟の一部である。

強盗を説得する「やさしさ」

 半世紀以上も前の話だ。調べてみたら、1972(昭和47)年の1月だった。

 当時、東京・山の手の有名人女性宅を狙った強盗が出没。大田区・田園調布の曽野さん宅も襲われた。

 早朝に不審な男が侵入し、曽野さんと夫で作家の三浦朱門氏(後の文化庁長官)にナイフを突きつけて脅したが、三浦さんがスキを見て男を蹴飛ばして撃退した。

 犯人の男はその後、あろうことか曽野さん宅に、数回にもわたって電話をかけてきた。戦前の〝説教強盗〟を気取ったのか、単に有名人女性と話してみたかったのか、そのあたりは不明だが、筆者はその後、曽野さんと犯人とのやり取りを収めたテープを聞いたことがある。 

 記憶が薄れており誤りがあればご容赦いただきたいが、曽野さんはこの時、強盗相手に怯えるわけでも、怒りをあらわにするわけでもなく、あの澄んだ声で、「どうしたあんなことをしたんですか」、「これ以上、罪を重ねるのはやめて」、「早く自首してください」などと熱心に呼び掛けた。

 普通の人なら気味悪がって相手にしないだろうが、驚いたことに、犯人と話しているうちに、曽野さんが、「自首して。私本当に心配しているのよ」と泣き出してしまった。

 自らを襲った強盗の身を案じて、声涙ともに説得するのには感激したが、キリスト教の教えにある隣人愛の実践だったのかもしれない。

 曽野さんの慈愛の心は残念ながら通じなかったようで、有名人強盗の男は、しばらくしてから逮捕されたと記憶している。


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