消費者の傾向
では消費者はこうした価格戦略を受け入れるような意識になってきているのだろうか。経営コンサルティングファームのボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)は、日本全国の18歳以上の消費者8000人以上を対象に、23年10月、「 BCG消費者心理調査」を実施した 。
住宅関連、食料・飲料、旅行・移動、エンタメ等、ほとんどのカテゴリーについて、7割超の消費者が「直近で価格が上がったと感じる」と答えている。前回調査(22年実施)では、多くの消費者が値上げを実感しながらも行動変容は限定的だったが、今回は半数程度がより低価格の商品に切り替えるなど「消費行動を変えた」と回答している。食品・飲料では物価上昇を感じた人は22年の77%が23年は84%となり、消費行動を変えた人の割合は22年の33%から24年は61%に増加していた。
物価上昇と給与水準、世帯年収ごとの収入の変化についても分析した。3割超の人は賃上げを実感しているものの、給与水準が物価上昇に比べて上がっていないと考えている人が約8割を占めていた。賃上げが生活の実情になかなか追いついてこない日本の現状がうかがえる。
また、22年以前と比較した収入の変化を世帯年収ごとに尋ねたところ、世帯収入が低い層では収入の減少が目立ち、高年収層ほど収入が増加した人の割合が高いという、二極化の進行が見られた。
値付けに対する受け止め方についても調査した。「シニア割引」「曜日によって価格が異なる」「同じブランドの同じ商品でも、かかる輸送費/人件費によって価格が違う」といった状況を、過半数の消費者が受け入れられると感じていた。
企業は一律の値上げ・価格設定だけでなく、地域や条件に応じた最適な値付けや、顧客のロイヤリティや購買履歴に応じたポイントの付与、値引きクーポンの発行などで実質的な値段を変える施策を検討する必要があると考えられる。
新たな価格戦略の可能性
ここまで見てきたように、日本のトップ外食企業も継続的に値上げをしていることから、全体的な価格のアップが見込まれる。できればそれに合わせて消費者の所得もアップする、つまり価格と従業員の賃金がタイムラグなく上がることが望ましい。しかし、現実にはその調整は容易ではなく、所得格差が広がる可能性もある。
そこで、消費者の所得水準に応じた柔軟な価格戦略の導入が求められる。日本の外食産業において、購買者の所得に応じた価格変動方式の導入が考えられる。所得格差が広がる中で、消費者の購買力に応じた柔軟な価格設定を可能にし、より公平な市場環境を生み出すことが期待される。
例えば、「フェア・プライシング」は低所得者には割引、高所得者にはプレミアム価格を設定する方式で、すでに学割やシニア割のような制度を拡張する形ではなじみがあるだろう。「パーソナライズド・プライシング」という考え方もある。これは消費者ごとに異なる価格を提示する戦略で、所得水準や過去の購買履歴に基づいて、個別最適化された価格を設定するものである。ストリーミングサービスやサブスクリプションモデルではすでに採用されており、外食産業に応用することで、低所得者層に対する価格割引や、プレミアム層に向けた高価格帯メニューの設定が可能となる。
その際に、「データドリブンな価格差別」の活用が必要になる。企業が消費者の所得層を推定し、それに応じた価格を設定する手法である。
例えば、NetflixやSpotifyが新興国向けに低価格プランを用意するのと同様、日本国内でも地域や所得層に応じた価格設定が可能になるだろう。これらは一定の技術的なイノベーションや、データの活用に向けての法整備等も必要になってくるので、やや時間がかかるだろう。


