今回の日本人男性の件でも、食事の接待や贈答品を「報酬」とした可能性もあるのではないか。懲役3年6カ月の判決が下されたが、スパイ罪の量刑は10年以上と規定されており、減刑規定が採用されている。反スパイ法では中国当局に協力した場合減刑できるとの規定があり、報酬受領を認めるなど協力した可能性もある。
偶然のスパイ行為
ここまでの話ならば、リスクがあるのは、中国と深いつながりのある、それなりの地位のある人物だけのものだ。一般の日本人には縁のない話ではないように見える。実際、中国とのつながりが深くなければ、スパイ罪に抵触する可能性はきわめて低いだろう。
だが、ゼロではない。
というのも、中国の国家機密はいたるところにあり、習近平国家主席が提唱する「総体国家安全観」に基づき、あらゆる分野が国家安全保障の対象に組み込まれた。
総体国家安全観は、14年の提唱当初は11項目であったが、現在は政治、軍事、国土、経済、金融、文化、社会、科学技術、ネットワーク、食料、生態、資源、核、海外権益、宇宙、深海、極地、バイオ、人工知能、データなど20項目にまで拡大している。この概念は「目まぐるしく変化し、かつ多様」であることが強調されており、その曖昧さが外国人の活動に大きな不確実性をもたらしている。
実際に中国の国家安全省はSNSの公式アカウントを通じて、スパイ関連事例を具体的に紹介している。例えば、23年10月には中国国内の気象情報が違法に海外へ提供されたとして10社以上の関連業者を取り調べ、3000超の観測設備を検査したと発表した。気象データは軍事や食料安全保障に直結し、海外流出は国家安全を損ねると警告している。
また、23年11月には、半導体材料のガリウムやゲルマニウム、電池に必要なリチウムの情報に関し「外国のスパイ機関による盗用を防止する」と言明している。さらに、海外の地理情報ソフトからセンチメートル単位の詳細な地図データが流出した事例も指摘し、「我が国の軍事安全保障を深刻に脅かす」と警告した。
今、注目を集めるレアアースにしても、中国は精錬技術の秘匿を目指しており、中国人技術者の出国を規制するほど。市場調査をしているうちに、国家機密に該当する技術情報を入手してしまえば、中国的にはスパイ罪と認定されかねない。
外務省の「海外安全ホームページ」でも、GPSを用いた測量、温泉掘削などの地質調査、生態調査、考古学調査などが「国家安全に危害を及ぼす」と判断される恐れがあると注意喚起されている。手書きの地図を所持するだけで、その対象とみなされる可能性もある。
