2025年12月5日(金)

World Energy Watch

2025年9月2日

 三菱商事が、洋上風力事業の第一次入札で落札した秋田県沖と千葉県銚子市沖の3海域の事業から撤退すると8月27日に発表して以降、三菱商事を非難する声が伝えられている。

 武藤容治経済産業相は「撤退は日本の洋上風力に後れをもたらす。非常に遺憾だ。洋上風力全体に対する社会の信頼を揺るがしかねない」とコメント。地元の一つ千葉県の熊谷俊人知事のコメントは「県も地元も振り回された。納得はできない」、秋田県の鈴木健太県知事のコメントは「極めて遺憾だ。国家肝いりのプロジェクトで国を代表する企業が落札して撤退ということはないだろうと思っていたので、大変な衝撃だ」とそれぞれ語った。

(Ian Dyball/gettyimages)

 港湾整備費用などを支出していた自治体の恨み節は理解できる。SNSでは、国策なのに撤退は許されないのではとの意見も見られた。落札者として責任を果たせとの声は理解できる。

 しかし、多くのステークホルダー(企業の利害関係者)を抱える企業が200億円の保証金を放棄しての撤退を決断するのは、それほど非難されることなのだろうか。

 電気の売値が重視される制度であったため、安い価格で応札した三菱商事の3海域の総取りにつながったとし、入札制度での「価格重視」が問題だったとの論調もある。

 しかし、消費者の立場では電気料金の上昇を抑制する価格重視は歓迎だ。価格重視の選択が今回の撤退につながったとのコメントは、消費者の受けるメリットに関する視点がないように思う。

 そもそも、安値が撤退につながったとの見方は正しいのだろうか。仮に、高い価格を提示した事業者が落札していたとしても、撤退につながったのではないか。欧米の事業者が相次いで撤退している状況を見れば、多少の価格の差は関係ないようだ。

米国でも欧州でも事業からの撤退が相次いだ

 米国でも欧州でも、入札による落札者が事業を投げ出し撤退する事例が23年後半から相次いだが、当時の現地の報道のトーンは、今回の日本のメディア報道と異なる。

 米国東海岸、英国北海での事業からの撤退についての報道は、事業者の事情に焦点を当てていた。インフレと金利上昇により事業継続が難しくなり、電力の売値の引き上げも政府に認められなかったから撤退するのは仕方がないとのニュアンスだ。

 英国も、前バイデン政権が事業を支援した米国も「国策」だったが、「国の洋上風力導入目標があるのに撤退は許せない」という報道を見かけることはなかったと記憶する。

 事業者が大きな環境の変化により赤字になるので撤退せざるを得ない状況になっているのに、国策だから無理やり事業をやれと言われても、株主、従業員など多くの利害関係者を抱える企業が「そうですか。ではやりましょう」と返事できるはずもない。

 欧米での撤退の報道により、損失が発生する多くの企業は株価の下落に見舞われたが、企業は将来損失が確実に発生し企業価値が棄損されるよりは一時的な株価の下落の方が良いと判断したのだろう。

 将来損失が発生することが分かっているのに事業を継続すれば、株主代表訴訟を受けるかもしれない。多くの企業の利害関係者は撤退を受け入れるだろう。

 三菱商事が最初から事業遂行が疑われる電気の売り渡し価格で安値受注をし、他社を排除したうえで撤退するというのであれば、その戦略行動は厳しく非難されるべきだが、試算するとどうもそうではないようだ。

 「国策」は私企業の損益も超越するのだろうか。三菱商事はなぜ撤退に追い込まれたのか。悪いのは誰なのだろう。

 世界では、まだ洋上風力事業は強い逆風を受けている。豪州ニューキャッスル沖の事業でもノルウェーの大手エネルギー企業エクイノールの撤退が発表された。

 日本は洋上風力事業をどう進めるべきか。今まで、何度か本欄でも指摘したことも踏まえ、三菱商事を失敗に追い込んだ事情と今後の展開を考えたい。


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