猜疑心を募らせるプーチン
前出の政治学者オレシチュークによれば、アメリカがマドゥロに対して実行したシナリオが、自分に対しても発動されうると、プーチンが警戒している可能性があるという。
「私は、プーチンが彼特有の被害妄想的な性格から、これらすべてを自分のこととして受け止めるだろうと思う。彼はかつて、リビアのカダフィに対して行われたことに、強い憤りを示した。現職の独裁者に対して、そんなことがどうしてできるのかと、彼にとっては信じがたい出来事だったのだ」と、オレシチュークは論じる。
オレシチュークによれば、最近プーチンがほとんど公の場に姿を現していないのも、ベネズエラの事件にショックを受けたからである可能性があるという。「プリゴジンの反乱の後、プーチンの被害妄想はすでに前例のないレベルに達したが、今や彼はなおさら、誰かが裏切りを企てていないか、敵と接触していないかと、周囲のすべてを疑いの目で見るようになるだろう」と指摘している。
唯一のプラス面は
ロシアは、欧米が権威主義国家に影響を与え民主化を促そうとすることを「カラー革命」と呼び、極端に忌み嫌う。その意味では、今回トランプが仕掛けたマドゥロ政権の排除も、ロシアが絶対に受け入れられない政変のパターンであることは間違いない。
もっとも、オバマ政権やジョージ・W・ブッシュ政権が自由と民主主義を世界に広めようとしたのに対し、今回のトランプ政権によるベネズエラ奇襲では、そのような理念は希薄で、むしろ石油利権をはじめとするアメリカ自身の利益を貪欲に追求していることが明白である。動物が、自らの主張する縄張りにマーキングするようなものだ。プーチン政権としては、トランプ方式の方が、共通の言葉を見出しやすいというのが本音だろう。
多くの指摘があるように、もしもトランプが西半球を自らの縄張りとし、そこにおいて米国が中小国に対し優越的な特権を有すると自任するのであれば、プーチンにもウクライナ支配の理屈を与えかねない。大国は、自らの「勢力圏」で、いつでも自由に「特別軍事作戦」を実行する権利があるかのような風潮が生じてしまう恐れがある。
ロシア出身で、現在は欧州で活動する政治学者のプレオブラジェンスキーは、次のように指摘する。「ロシアの一部では、(トランプが掲げる)『ドンロー主義』が他の大国にも、自分たちが勢力圏だと考える地域を支配する機会を与えるのではないか、という期待が表明されている。クレムリンは、そこに望みをかけている。私は個人的に、それが実現するとは思わないが、クレムリンは今後もそれに期待し続けるだろう」
プレオブラジェンスキーはさらに、次のように論じる。「私は、ベネズエラ危機がウクライナ情勢をめぐる交渉に直接的な影響を与えることはないと考えている。唯一の例外は、トランプが『アメリカは今後、ヨーロッパで何が起きようと関知しない。中国は台湾を取れ、ロシアはウクライナを取れ。我々の関心は西半球だけだ』と言い出す場合だろう。しかし、彼がそう言うとは思わない。したがって、交渉における基本条件は、これまでと変わらず残る」
総括すると、プーチン・ロシアにとりベネズエラ事件は、マイナス面は数多くあり、しかもそれらは現実かつ具体的なものである。一方、プラス面はほぼ一点に尽きる。それは、「アメリカが西半球での覇権を主張することで、ロシアのウクライナ支配も同類のものとして受け入れられやすくなるかもしれない」という期待である。ただ、今のところこれは一つの不確かなシナリオにすぎず、ロシアへの配当はまったく約束されていない。
プーチンにとっては、これが現実のものとなれば、マイナスの諸点がすべて吹き飛ぶほど、大きな成果となる。しかし、米トランプ政権がどのような対応をとるか、そして国際社会がその悪夢のような世界を受け入れるかは、誰にも分からない。
