時代遅れになった保安林制度
保安林における制限は、立木の伐採と開発行為(土石もしくは樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為)の2本柱であるが、それに加えて植栽義務がある。例えば「伐採後2年以内にスギ、ヒノキ、常緑広葉樹などを1ヘクタール(ha)あたり3000本以上植栽する」というようなものである。
森林造成をもって防災に資することが治山の本旨であるから、保安林における最重要な規定とも言える。樹木を植栽して、保育(下刈、除伐等の手入れ)して、成林させるのは当然であって、行政も多くの林業者や一般市民もそれに何の疑問も感じていなかった。
しかし、保安林制度が整った明治期の森林は樹木の集団であればよかったのだが、現代では森林への認識は格段にすすみ、森林生態系として森林に生育・生息するあらゆる生物と地物までをも対象としている。残念ながらスギ、ヒノキの針葉樹人工林は、モノカルチャー(単一栽培)であって、優れた多様性を保持していない。多様性に優れた森林は天然林であって、それを造成する手段は天然更新である。
保安林は天然更新主体で
人工林の皆伐跡地を森林に戻すには、植栽して再度人工林に仕立てる方法(人工林施業)と放置して天然林を仕立てる方法(天然林施業)の2種類がある。行政はどうやら放置という言葉が気に入らないらしい。
何もしていないこと、不作為だと思われることが役人にとっては、恐ろしいことなのである。そうではない。森林施業においては、放置も歴とした方法なのである。
高温多雨の日本では、天然更新しない場所はない。山であれ、野であれ、田畑、都市と土壌が存在する場所で放置すれば、いずれは森林に回帰する。このような土地的特性を存分に生かさない手はない。
植物種は豊富で、それぞれの種子は散布されて、落ちたところが適地なら発芽して生育する。逆に言えば土地が植物種を選択するのだ。
多くの種子は無駄になるが、人工林のような失敗はない。しかも、苗木代や植栽・保育経費はかからず、経済性この上ない。
皆伐直後からいや伐採前から天然更新は始まっていると見てよい。何もないように見える壮齢人工林内には、結構広葉樹もあるし、埋土種子も眠っている。皆伐されて明るくなれば、一斉に発芽し萌芽する。
日本の林学、すでに滅びかけている学問だが、その要諦は自然に任せること、不作為につきるのだ。ドイツに学んだ日本の林学だが、肝腎の自然からは何も学んでいない。今こそ森に帰ってその旺盛な活力を全身で体感すべきである。
