農村から都市への移動の
カラクリを考えてみる
かつて総人口の8割もいた農村人口は、なぜ都市へと移動してしまったのか。いくつかの理由が考えられるが、ここでは二つだけ挙げておきたい。一つは「村落から農村へ」の変容である。もともと多くの人は、地域に必要とされる仕事をしながら、自分たちが食べるものは自分たちで育てていた。いわば「村落」の生活であり、少量多品種の生産である。
ところが地域に豪族や殿様が出現すると、都市で生活する人のための食料を周辺地域から供給してもらうようになる。村落では自分たちが食べる分だけでなく、都市部の人たちが食べる分の食料を生産しなければならない。
こうして「村落」が「農村」になり、「自分がやりたい仕事をやりながら食料も生産する」というよりは、「単一の品種を効率的に大量生産する」暮らしになる。農業が工業に似てくる。そんな時、都市部に様々な仕事があることを知った若者は、引き寄せられるように農村から都市へと移住してしまったのだろう。「仕事の魅力」である。
もう一つの理由は、都市部で暮らせば魅力的な商品やサービスが手に入れられると思うことである。企業が自社の商品やサービスを懸命に広告すればするほど、全体のメッセージとしては「こんなに魅力的な商品やサービスを手に入れたいなら都市部で生活するのが便利だよ」という意味を帯び始める。
現在、日本企業全体の広告費は年間7兆円以上。我々は毎年7兆円分の広告を浴び続け、欲しいものを増やしている。加えてSNSの情報で、都市部にはオシャレなショップやカフェがあることを知る。農村の若者は都市へ、そして各地の都市で暮らす若者は、大都市である東京へと吸い寄せられたのだろう。「消費の魅力」である。
「東京一極集中」の先に
どんな社会が待ち受けるか
ただし、次の50年を考えると状況が少し変わりそうにも感じる。
まず、東京一極集中は依然として続いているが、今後東京へと流入する若者の人数は、増え続けることはなく、むしろ減りそうだという点である。そもそも東京に流入する若者の数がかつてよりも減っている。それに加えて技術も進歩している。欲しいものや食べたいもの、読みたい本や観たい映画は、その多くがオンラインで入手できるようになってきた。今後はますますその種類が増えるだろう。その時、東京での生活に憧れて移住する若者がどれくらいいるだろうか。
商品やサービスが選び放題だということは、それらを購入するために稼がねばならないことを意味する。もちろん東京なら仕事の種類も多いから、自分が好きな仕事を見つけられる可能性は高い。しかし家賃も高い。働いて手に入れた貨幣で、欲しいものを購入し、高い家賃を払う。これを続けたいと思える人の数がこれからも増え続けるだろうか。
