2026年3月27日(金)

日本の縮充化

2026年3月27日

 「以前勤務していた那覇海上保安部ではまさに、尖閣諸島周辺の領海警備にあたっていました。与那国駐在期間中に与那国島の近海に中国船が来たと聞いた経験はなく、ここではむしろ、台湾漁船の違法操業が問題になることが多いですね。与那国島にとって観光業は重要な産業です。同時に、海の水産資源を保全することは、漁業者の日々の暮らしにも直結します。国境を越えた違法操業を野放しにはできません」

 豊見山さんには忘れることができない強烈な体験がある。

 「石垣保安部に着任して2年目、2024年のことです。その日、違法操業船の情報を得た石垣保安部から午前3時頃に突然電話で緊急招集がかかり、巡視艇へ上乗りして現場へ向かいました。午後4時頃にようやく船の足取りをつかみ、船を追いながら何度も停船命令を出しましたが、相手は台湾をめがけて逃げるのみ。最後は追いながら船体を横に並べてすれすれまで接舷し、移乗しました。渡り板なんてありません。この身のまま『スッ』と乗り込み、その場で現行犯逮捕しました」

 「やるしかない。怖い気持ちはなかった」と堂々と語る豊見山さんの勇気に感動を覚えながら、警備救難課の「救難」の仕事のことも聞いた。

 「メインは急患輸送業務です。沖縄本島であれば自衛隊の担当ですが、この島を含む石垣島周辺の離島で急患が発生した場合、県からの要請に基づき、石垣航空基地から航空機が出動して対応します。昨年、石垣航空基地が扱った八重山エリアの急患輸送の患者数は35人でした」

 もちろん、海上の事故だけではない。心筋梗塞や脳梗塞など、日常生活における急患の輸送も含まれる。つまり、「急患輸送が必要」と判断する「医師」が必要なのだ。

島内唯一の診療所
離島医療の奥深さ

役場のすぐそばにある島内唯一の診療所で、粕谷さんは従事する

 「脳梗塞など緊急性の高い患者が来院し、より高度な治療が必要な場合はヘリを要請します。すぐに到着するのはドラマの話で、実際は診察、検査、書類の用意などの事務作業も必要です。患者さんの来院から石垣島の病院に搬送するまで約3時間はかかります」。そう話すのは、与那国町診療所医師の粕谷和彦さんである。粕谷さんは24年4月に赴任し、島民の健康を見守り続けている。

 診療所から沖縄県の地方機関である八重山事務所経由で海保に一報が入ると、八重山病院の医師がヘリに乗り込んで診療所に向かう。

 「同乗した医師は、患者と一緒に石垣島や、場合によっては那覇の病院に向かうこともある。そうすると、八重山病院での外来を休まなくてはなりません。ヘリは機体が小さい分、安全面は航空機が勝る。そうした意味で、本当にヘリが必要なのか、慎重に判断する必要があります」

 医師や海保だけでなく、薬局もまた診療所を支える大きな存在だという。「薬剤師ゼロ」の島内で薬を処方するため、門前薬局では本島からオンラインで服薬指導を行う。

 「服薬指導翌日の第1便で薬を届けてくれて、送料も無料です。本島から取り寄せるルートのお陰でどんな薬も処方できる。薬が届くと薬局から患者さんに連絡してくれて、安否確認にもなっています。患者さんと2日連絡が取れないと診療所に連絡をくれ、とてもありがたいですね」

 限られた資源の中、みんなで島民の健康を支え合う現状がある。その中心にいる粕谷さんだが、もともと診療所にはもう一人医師がいた。

 「昨年6月に辞めてしまい、私だけになりました。本土と異なり、隔てられたへき地では心理的負荷が違うことも大きい。気持ち一つではできない離島医療の現実もあるんです」

 東京都出身の粕谷さんは、前職で埼玉県の戸田中央総合病院の副院長を務めた。外科医だったが、左目の不調で執刀が難しくなり医師最後の仕事の地として自ら望んで与那国島に赴任した。それまでには、船医や南極昭和基地での医療隊員という特殊な環境での勤務経験もある。

 粕谷さんが離島で医師を続ける魅力は診察だけではないという。

 「ここでは、離島だからこそ正確な疫学データが取れます。論文発表に値するデータもたくさん取れると思いますね。また離島医療を目指す医師には、自身のメンタルコントロールが不可欠です。私は島内をロードバイクでまわったり、絵を描いたりしています。140枚以上描いて、100枚くらいは患者さんの家や図書館などにありますよ」

東京から来た研修医(当時)を描いた油絵を手にする粕谷さん

 患者からの要望があれば惜しみなく描き上げてプレゼントする。島民との信頼関係は診察外の豊かなコミュニケーションでも育まれているのかもしれない。受付や壁などに飾られた粕谷さんの作品は、訪れた人々の心を明るく灯してくれている。


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