「避難先候補の佐賀県も視察しましたが、想定する滞在期間さえ、国は示していない。〝メモ書き〟程度の計画しか進んでいないように思えます。国には、避難計画も含めて、もっと積極的に踏み込んでほしい。中途半端にされるのが一番困ります」
では、台湾との関係はどうなのか。
「約10年前、台湾のある議員から『与那国島に避難することはできますか』と聞かれたことがあります。私たちは日台漁業協定のもとで漁業を営んでいる。当然、意見が対立することはある。ただ、台湾との間には話し合いができる『安心感』がありますが、中国となれば、そうはいかないのではないでしょうか」
自衛隊与那国駐屯地は3月28日で創立10周年を迎える。この島に駐屯地がある意義を聞いてみると、嵩西さんはこう言った。
「1700人の島民のうち、いまや200人が自衛隊員とその家族です。彼らは島内の様々な行事の支援も行ってくれる。最初は抵抗感を示す集落もあったが、今では彼らなしにハーリー(海神祭)など、様々な活動はできない。祭りや文化は次世代への継承が必須です。その意味で自衛隊の存在感は大きいですね」
島に住み続ける人々を前に
私たちが自覚すべきこと
国家間外交はまさに政治の責務であり、島民の力でどうにかなるものではない。ただ、昨年の台湾有事をめぐる高市早苗首相の国会答弁以降、日中関係は急速に冷え込んでいる。島民の日々の暮らしを守っていくため、今こそ、国のリーダーシップが問われているのだ。
ただ、ある島民が「国会議員はおろか、県議会議員も来ない。『票田』として認識されていないのかもしれない」とぽつりとつぶやいたのが印象に残った。
町長の上地さんも率直に語る。
「自衛隊がいると『この島が狙われる原因になる』と言う人もいます。大規模な訓練が島民のストレスになることもある。国は、結論ありきの拡充ではなく、島民に寄り添い、その必要性をしっかりと説明してほしい。かつてベトナム戦争から逃れるため、命懸けで海を渡った『ボートピープル』は、最初に与那国島に漂着しました。台湾から避難民が来ることは容易に想像できます。でも、具体策には進展が見えません」
それでもこの島に住み続ける意味とは何なのか。率直に聞いてみた。
「それは私たちの役目の一つといえるでしょう。住み続けることで日本の国土が守られる。だからこそ、国には、定住条件をそろえてほしいとお願いしたい。それを粘り強く伝え、島民の生活を守っていくことが、私の責務だと思っています。与那国島の自然は何物にも代えがたい財産です。これからも子どもたちが誇りに思える島にしていきたいですね」
有事に対する良質な危機感を持つことは極めて重要である。ただし、小誌もメディアの一員として自戒を込めて論じるが、「危ない島」という印象を先行させ、過度に不安を煽り、島民を振り回すようなことがあってはならない。本土の政治家をはじめとする「公の立場」の人は、島民の実情を知るためにも現場に足を運ぶことも必要である。備えは急務だが、まずは島民の思いと向き合うことが信頼醸成の第一歩となる。
与那国島の中央には「ティンダバナ」と呼ばれる岩山がそびえる。取材を終え、島を離れる直前、そこから島を見渡した。絶景であった。
「これからもこの大自然とともに、住み続けられる島にしたい」──。
これこそが、与那国島で出会った人々に共通する願いなのかもしれない。様々な課題はあっても、島の人々は豊かな自然と共生し、次の世代へと文化や伝統、そして日々の暮らしを継承している。ティンダバナはそんな与那国島の人々の営みをこれからも見守る存在であり続けるだろう。そう思い、島を離れた。
