2026年3月22日(日)

古希バックパッカー海外放浪記

2026年3月22日

ベトナム伝統葬儀“大音量のカラオケとオレンジ色の法衣をまとった僧侶”

カオバンの商家の前の歩道に設置された葬儀のための仮テント

 11月19日。北ベトナムの小さな地方都市カオバンのホステルで昼寝をしていると、大音量の音楽で目が覚めた。そのうち誰かがカラオケで歌い始め延々と夕刻まで大音量のカラオケは続いた。いつの間にかホステルの斜め向かいの商家で葬儀が始まっていたのだ。

 商家の建物は通りに面したレンガ造り3階である。商家の前の幅4メートルの歩道の上に大きな仮設テントを設営して、椅子やテーブルを並べ数十人の参列者に茶菓がふるまわれていた。近い親族と思われる人々は、頭に白いハチマキのような布を巻いているのが目を引いた。そしてテントの中央にはカラオケ機器が設置され中年男性がマイクを握って歌っていた。彼の隣には正装した仏教の僧侶が喪主と思しき中年女性と話していた。

 カラオケが一段落すると僧侶がマイクに向かって読経を始めた。テントの奥の商家の1階の部屋に棺が安置され生花や花輪で飾られている。遺影には商家の女将であった老女が写っていた。享年85歳、大往生だったようだ。

 読経と親族代表の挨拶が終わると夕食会となった。再びスピーカーから音楽が流れカラオケの歌唱が午後10時過ぎまで続いていた。日本なら近所から苦情が出るというレベルの音量であるのだが。 

3日間続いた商家の葬儀、盛大な葬儀で故人の来世での栄華を願う

僧侶が商家の広間に据えられた棺に向かって読経。親族が後ろに控えて いる

 葬儀の2日目の11月20日も朝10時頃から三々五々と仮設テントに参列者が集まり、昼頃に読経があり、午後からは遠方からの弔問客も加わり、夕食の時間帯には仮設テント内はかなり賑やかであった。そしてやはりカラオケが夜まで続いた。ホステルの女将によると、ベトナムでは伝統的に盛大で賑やかな葬儀をすることで、故人の来世での安寧栄華を祈るという。

 3日目の11月21日の午後1時半に出棺。音楽が一段と高くなり、プロの歌手らしい男性の重厚な歌声が響く中で、棺は10人くらいの男たちに担がれ、まるでお祭りのみこしのように商家の付近を練り歩く。それから花輪で飾り立てられた霊柩車に収められた。霊柩車がゆっくりと走り出すと白いハチマキをした人達が霊柩車の後に続いて歩き、数人は玩具の紙幣を通りに撒きながら進む。中国の葬儀の撒き銭の慣習と似ているが、中国や韓国に見られるいわゆる“泣き女”はいなかった。

 その後に一般の参列者が続く。一行が商家の前の通りを200メートルほど進むと、交差点の手前で霊柩車が停止して、一行の後を追っていた2台のマイクロバスに全員が乗り込んだ。

 数時間後の午後3時過ぎに親族や参列者一行が戻り、仮設テント内で僧侶の読経が始まり鉦や太鼓も加わった。その後茶菓タイムとなったようだが、夕暮れ時の散歩から戻ると散会していた。こうして3日間に及んだお葬式は終わった。

 ちなみに人気ビーチリゾートであるニャチャンのホステルの近隣でも逗留中に葬儀があった。凡その式次第はカオバンの商家と同様であったが、2日間で終了した。やはり仮設テントを設置して20人くらいの参列者が参集して僧侶が読経した。やはり全体的に明るく来世に送り出すという雰囲気であった。

現代埋葬事情“伝統的土葬から都市部では火葬へ”

花輪で飾られた霊柩車に棺を載せる人々。この後、親族、近隣の人々が 集まり霊柩車のあとについて町内を歩く

 ホステルで女将に聞くと、棺を担いで練り歩き霊柩車で家の付近を徐行するのは、故人に今生の縁の地を見せてお別れさせるためという。霊柩車とマイクロバスの一行は、町外れの共同墓地に行き棺は、予め用意されたお墓に埋葬されたようだ。カオバンではまだ共同墓地の敷地に余裕があるので伝統に従い土葬されるが、都市部では用地難から火葬しか許可されないようになってきたという。

 死後の世界にも都市化の影響が広がっているようだ。そしてパートタイマー仏教徒でも人生の最後は格式ある伝統的仏式葬儀で旅立つのだ。合掌

以上 次回に続く

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