昨年5月以来、ルビオ国務長官は、国家安全保障担当補佐官の代理を兼任している。この戦争を始める決定が通常のストレス・テストを経ていないように見える理由は、この二つの仕事が一緒になっていることにあるのかもしれない。米国は、軍事攻撃の強大さを見せつけたが、イランが原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡を封鎖する可能性への対処振りを検討した形跡はあまり見受けられない。
国防省では、ヘグセス長官が同様に大量の解雇を進めた。戦闘命令の合法性について判断する法務総監も罷免された。ヘグセス長官は、軍の作戦立案者が非戦闘員の死傷を回避できるよう支援するために議会の命令で設置された「非戦闘員保護専門センター」を事実上骨抜きにした。
米国は国際法を選択的に適用していると批判されてきたが、以前の紛争においては、2003年のイラク戦争のように、国連のお墨付きと議会の承認を得るように努めてきた。ところが、現政権はそうした努力を全く払わない。
トランプは、おおっぴらに「力が正義だ」との見方を取っている。自由に軍事力を行使しようとするがために、かえって米国の国力を賢明かつ効果的に用いる能力を損ねているように見える。
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「イスラエル」、「成功体験」、「国内問題」
上記の社説は、トランプ大統領がイランとの戦争を「明確な目的も計画もなしに」開始した原因・背景を国務省や国防省における人員の解雇などによる米国の国家安全保障に関わる政府機構の弱体化に求めている。
しかし、行政庁における人員の解雇はあくまでも氷山の一角に過ぎず、問題の本質は、第二期政権において、トランプが立法府と司法府、議会における共和党指導部、政府内の関係閣僚など、意思決定のチェック・アンド・バランスに関わる重要なプレーヤーを自らの意のままに支配する体制を構築しようとしてきたことにある。米国の政府機構においては、重要な決定は政治任用された者の手に握られている。
いかに事務レベルに優れた地域や分野の専門家がいたとしても、閣僚を含めた政治任用スタッフがそうした者の意見を取り上げなければ重要政策の決定には反映されない。その意味で、上記の社説の議論は間違ってはいないものの、大事なポイントを外しているように思える。
トランプがイランとの戦争を始めた理由・背景については、多くの分析がなされているが、「イスラエル」、「成功体験」、「国内問題」の三つのキーワードが思い浮かぶ。いずれについても既に多くが語られているので、くだくだしく述べることは避けたいが、いくつか補足したい。
「イスラエル」については、イスラエルのネタニヤフ首相と米国国内のユダヤ・ロビーがトランプを戦争に引きずり込んだとの見方がある。「引きずり込んだ」と言えるかもしれないが、むしろ、トランプが自ら進んでこれを「米国の戦争」とすることを望んだのだと思われる。
