ドイツ国際安全保障問題研究所のフォルカー・ペルテス所長が、8月22日付Project Syndicate のサイトで、中東戦略は、短期、中期、長期の3つの時間軸から考える必要がある、と論じています。
すなわち、中東地域には3つの時間軸が流れている。日々の政治や紛争といった短期的な時間軸、数十年の単位で捉えられる地政学的な変化のような中期的な時間軸、そして、社会文化的な変遷に見られる長期的な時間軸である。中東戦略を考えるには、これらの3つの時間軸を理解する必要がある。
当然、人々が最も関心を寄せるのは短期的時間軸である。イスラエルとハマスの戦闘、イランとの核交渉、エジプトやバーレーンにおける反政府活動とその弾圧、シリアやイラクにおける殺戮等が、マスメディアで報道されている。
しかし、中東における政治を考える時、中期的な時間軸との関連も重要である。オスマン帝国の崩壊と第一次世界大戦後の地域情勢を理解せずして、中東の現在を知ることはできない。現存する国境線は、主に英国やフランスによって引かれたものである。サイクス・ピコ協定によって引かれた中東地域における国境線は、ほぼ1世紀に亘って変わっておらず、シリア、イラク、ヨルダンやレバノン国内に異なる政治勢力を作り出している。サウジアラビアや他の湾岸諸国においても、多かれ少なかれ、同様のことが言える。
しかしながら、ついにサイクス・ピコ協定以来の国境線も変わるかもしれない。「イスラム国」(IS)のスンニ派武装勢力が占領地域を拡大して行くにつれて、イラクとシリアの間の国境線は消えつつある。また、クルド自治政府の治安部隊ペシュメルガが、イスラム国との戦いの中で力を持ち、クルドが完全に独立する可能性が出てくるかもしれない。一方、イスラエルとパレスチナの関係は不安定で、崩壊しそうである。「二国家解決」の見通しが遠退き、「一国家の現実」の固定化を受け入れる他ないかもしれない。また、イランの核開発計画に関する国際交渉は、国家関係に変化をもたらすことになろう。
中東地域外の国で、1970年代以降、最も影響力を持ってきたのは米国であるが、中東地域内で最も力を持っているのは、イランとサウジアラビアである。今後、両国が、中東地域を支配しようとして争いを続けていくのか、中東における新たな安全保障体制の2つの中心勢力となるのかが問題である。地域外の主要国が、中東における紛争への継続的関与に消極的になるに従い、このような新たな体制が必要になってきている。