佐治会長の「帝王学」
仕込まれた信宏氏
にもかかわらずあえて新浪氏を招いたのは、サントリーHDとして時間を手に入れるためだ。「社長の最大の仕事は次の社長を育てること」というのはよく言われること。佐治信忠会長も自分が社長に就任したころからこの点はかなり意識してきた節があり「早い時期から複数の人物に帝王学を仕込んできた」(社内関係者)という。
そんななかで最後まで社長候補として残ったのが、鳥井信宏氏(48)だ。創業者のひ孫で現在はサントリー食品インターナショナルの社長とHDの取締役を務める。高級ビール「ザ・プレミアム・モルツ」の営業で手腕を見せつけ、さらには海外のM&Aでも粘りの交渉で勝負強さを立証した。今のところ「次」のサントリーHD社長候補としては「合格点をやれる」というのが社内評。すぐにサントリーHDほどの規模をまとめるとなるとまだ実績が十分ではないのも事実だ。
佐治信忠氏は信宏氏に「3~5年、経営を学んでくれ」と耳打ち、新浪氏にも「信宏をしっかり鍛えてくれ」と言ったという。このことからわかる通り、佐治信忠氏は新浪氏を「信宏氏が育つまでのワンポイントリリーフ」と考えていることは間違いない。
とはいえ、時が経つのを漫然と待っているだけでは信宏氏に社長の目はない。佐治信忠氏は失敗に鷹揚な面がある一方で、関西人特有のいらち(せっかち)である。いつまでも結果がでない場合は同じ創業家一族だといえども容赦はないだろう。新浪氏がワンポイントだとしても信宏氏が内外から認められるだけの成果をあげられなければ、信宏氏がその後任に座る可能性は極めて低いと言えるだろう。
今、世界の食品業界では激しいM&A合戦が繰り広げられている。例えばビールでは2位の英SABミラーが3位の蘭ハイネケンに買収を打診、これが拒否された。SABミラーは、最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)による買収の防衛策として、ハイネケンに買収を提案したとみられている。
こうした激しいつばぜり合いのなかで、日本の食品メーカーも安閑としてはいられない。攻めに転じなければ現状をそのまま維持していることは難しい。望まないM&Aの標的になり、それを跳ね返す力がなければ会社も社員も消耗してしまうことは米投資ファンド、スティール・パートナーズとサッポロホールディングスとの攻防が証明している。
いずれにしてもサントリーHDの新浪時代がスタートを切った。酒類トップの動きの一つ一つを日本の酒類業界はもちろん経済界全体が固唾をのんで見守っている。
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