では、大谷はどのようにして地面の反力をうまく使っているのだろうか。
図2は大谷がボールを指先からリリースした時のフォームだ。踏み出した前脚の膝が曲がらず、伸びている。地面の反力は、直接腰にいき、上半身が急激にパタンの倒れ込むような投げ方になる。足の爪先が浮き上がっているのが地面反力のせいである。これで肩の移動スピードが高まり、結果的に剛速球が投げやすくなる。日本ではこれまで推奨してこなかった「大リーグ的投球術」である。大リーグの剛速球投手の投げ方はほとんどがこのフォームだ。
東京大学の深代千之教授(スポーツ科学)は「陸上競技のやり投げに通じる。できるだけ遠くへ届けるやり投げは、助走後、前脚の膝を突っぱねることで、肩のスピードを上げている」と語る。
これと対照的なのだが、図3の田中将大投手(現ニューヨーク・ヤンキース)だ。図3は楽天時代の田中のフォームだが、踏み出した前脚の膝が曲がっているのがわかる。反力は膝、腰などに分散される。このフォームは、ボールを移動させる距離が長くなり、剛速球より、コントロールを重視する投げ方だ。日本では、このような投げ方が良いと指導されているが、その意味で田中は理想的なフォームと言えるだろう。
高校時代から大リーグ的投球術
実は大谷は高校時代から大リーグ的投球術を身につけつつあった。図4、5、6は花巻東高時代の一連の投球フォームである。図4は重心が低く、腕がむちのようにしなっているのがわかる。日本的な美しいフォームである。石橋さんは、「投球動作の中で右腕が最も後方にしなっているとき、手首と肘を結んだ線がほぼ地面と平行になっている。前腕の軌跡は楕円ではなく、直線的。コントロールの良い剛速球投手の特徴だ」と語る。
膝の高さもほとんど変化しないほど、膝が安定している(図5)。そしてボールをリリースした瞬間(図6)は、踏み出した脚の膝はやや曲がっているが、明らかに田中のように沈み込んではいない。160キロ近い速球を投げる上で体得していったのではないかと見られる。現在の脚の伸びと比較すると着実に投手大谷は進化しているのが分かる。