――他にも司法解剖などの問題点はありますか?
岩瀬:警察が犯罪性はないと判断した死体については、東京23区のように、監察医制度のある地域では監察医が死体を診察しますが、監察医制度のない地域では警察嘱託医という一般の臨床の医師が死体を診察します。監察医は警察嘱託医と違って解剖を行う権限はありますが、解剖をしない場合、どちらも当て推量で死因を判断しているので、判定される死因にさほどの差はあるとは思えません。
――犯罪性がないということが前提だとすると、監察医が犯罪性がありそうだと進言しても無駄になるのでしょうか?
岩瀬:制度上余程のことがない限り難しいと思います。たとえば、パロマガス湯沸かし器による死亡事故では、当初病死とされていた方が、監察医務院で解剖したところ実は一酸化炭素中毒が死因だと判明しました。しかし、警察は事件性がないということで関心がなかったらしく、それを20年間も放置し、事件化されなかったわけです。
――先ほど秋田県や千葉県、そして東京都の解剖率の話が出ましたが、その数字からすると殺されたにもかかわらず、犯罪が見逃されている可能性もあるわけですが、具体的な数字は予測できますか?
岩瀬:かつてある法医学者が推測したところによれば、毎年100万人に1人は見逃されているのではないかということでした。全国だと毎年100人くらいになりますかね。これは都内で行政解剖をしたところ、犯罪性がないと判断されたにもかかわらず、実は犯罪だったということが稀にあり、そこから類推したものだそうです。
犯罪死はそうなのでしょうが、事故死の見逃しについては、我々の経験からすると、かなり多い印象を持っています。たとえば、どこかに頭をぶつけて亡くなったけれども、病死と判断されていることが数パーセントはあります。そこで問題になってくるのが保険金です。災害特約を契約していれば、頭をぶつけて亡くなれば不慮の事故死として、保険金を多く受け取れます。また、そのような頭部外傷の中には頭を殴られて亡くなった方もいる可能性も含まれるでしょうから犯罪も見逃しているかもしれません。
――先進諸国と日本の司法解剖を比較するとどうでしょうか?
岩瀬:雲泥の差ですね。日本の場合、監察医も含めた全国平均で約11パーセント、監察医のいない地域の全国平均は約5パーセントと非常に低い解剖率だと話したら、ニュージーランドでビックリされました。ニュージーランドやオーストラリアの解剖率は50~60パーセントですから。一時期、ニュージーランドでは法医学者を取り巻く環境があまりにも厳しいため、なり手がいませんでした。しかし、今から10年ほど前、環境改善に国として取り組み、独立法人を創設したり、法医学者を高給で雇ったり、冷蔵庫や解剖や薬物検査の設備を整備したようです。