ただ、実際に2012年以降に脱北した農場労働者の証言によると、それほど効果は上がっていないようでした。協同農場そのものが解体されず、農場幹部から各作業班の班長、分組長と縦の系列が生きているため、個別の農場員にはそれほど裁量の自由はありません。また、そもそも収穫後の脱穀は作業班ごとに集めて行われるので、収穫物は自分の手から離れてしまいます。こうした事情のため、「自分の田畑」、「取れた分だけ自分のものになる」といった意識には、さほどつながっていないようです。
協同農場は金正恩さんの祖父、金日成国家主席が始めたものですし、また国民の多数を占める農場員たちを統制、管理するために不可欠な組織でもあるので、これを解体することはそう簡単にはできません。そういう意味で、金正恩さんになっても国家の仕組みに大きな変化は起きていないと考えています。
――改革が行われている一方で、市民のみならず政府関係者までも賄賂を受け取ったり、副業をしていると。今後、どう変わっていくのでしょうか?
米村:中国が改革開放で成功し、豊かになったという認識も広がっているので、住民としては本質的な改革をして欲しいと考えています。だからこそ、金正恩さんも改革というメッセージを送り続けなければならないのです。中国の改革開放の象徴は、人民公社を解体したことです。それまで協同での農業や家畜業から、1軒1軒で農業や家畜の飼育をやるようにドラスティックに変えました。そうした個人農という形態があることも北朝鮮住民はわかっています。
北朝鮮の住民は、副業で食べているわけですから、実際には市場経済に近い。副業を通して、どういった社会になれば住民がよく働くかも理解している。ところが、副業に関して言えば、ある程度は許容されるけれども、やり過ぎてしまうと捕まります。だから、お互いにものすごく空気を読んでいます。まわりを見ながら、自分は親戚に政府に対しコネがある人がいるから、ここまでやっても問題ないというように。ただ、段々とその範囲が大きくなっている状況だと思いますね。
――そうなると、最終的に政権が転覆することもあり得ますか?
米村:そういった可能性はあるとは思いますが、その前段階として、一見きちんと統制されている国ですが、朝鮮労働党の政策通り実行されなかったり、上からの命令が無視されたりされる実情があります。政府や党の関係者が関わっているのだけれど、市場経済的な取引が行われている「グレーゾーン」のようなものがあり、徐々にそれが広がっている状況です。このグレーゾーンを許容しないと一般住民も、その上積みで食べているエリート層も食べていけなくなる。だから政府の統制の枠から外れていても放置されるわけですが、逆に言えばこのグレーゾーンで何が起きているのかは政権側もあまり把握できていないのではないかと考えています。