信頼できる警察が身近にない当時の状況について本書は次のように記す。
During much of the nineteenth and early twentieth centuries, private detective agencies had filled the vacuum left by decentralized, underfunded, incompetent, and corrupt sheriff and police departments. In literature and in the popular imagination, the all-seeing private eye-the gumshoe, the cinder dick, the sleuthhound, the shadow-displaced the crusading sheriff as the archetype of rough justice.
「19世紀から20世紀初頭にかけてはおおむね、私立探偵事務所が警察の空白を埋めていた。郡の保安官や警察署は各地方任せで予算も足りず、能力も低いうえ、堕落していた。文学作品のなかや大衆のイメージのなかでも、千里眼の私立探偵は、荒っぽい正義の象徴として闊歩する保安官たちを主役の座から追い出した。また、探偵(private eye)については、the gumshoe, the cinder dick, the sleuthhound, the shadowといった呼び方も使われた」
なお、本筋とはやや関係ない薀蓄もひとつ拾っておきたい。私立探偵のことをなぜprivate eyeと呼ぶのか次の説明で初めて納得した。
In 1850, Allan Pinkerton founded the first American private detective agency; in advertisements, the company’s motto, “We Never Sleep,” was inscribed under a large, unblinking, Masonic-like eye, which gave rise to the term “private eye.”
「1850年にアラン・ピンカートンがアメリカで最初の私立探偵事務所を設立した。その広告のなかで、事務所のモットー『われわれは決して眠らない』を、じっと見つめるフリーメーソン風の大きな眼の下に銘記したことで、private eyeという言葉が流布した」
地元の保安官では信用できずに、オセージ族の人たちも最初は私立探偵に大金を払って身内の殺人事件の捜査を頼んだ。しかし、まともでない探偵も多く、真犯人を突き止めるまでにはいかなかった。
オセージ族はなぜ狙われたのか
そもそも、連続殺人の悲劇に見舞われたオセージ族とはどういう人たちで、なぜ命を狙われたのか。本書によると、トマス・ジェファーソン大統領が1803年にフランスから買い取ったルイジアナ地域の一部に住んでいたインディアンがオセージ族だった。アメリカ政府はオセージ族がもともと住んでいた土地を明け渡すよう命じ、カンザス州南部へと部族を追いやる。しかし、そこでも白人の入植者が増え始めると、オセージ族はオクラホマ州へと移住を余儀なくされた。ところが、このオセージ族がオクラホマ州で得た定住の地には、豊富な原油が眠っていた。折からの油田開発ブームで一攫千金を狙う白人がオセージの村に押し寄せる。
なかには、油田の利権を狙ってインディアンの女性と結婚する白人男性も出てきた。白人の夫を持つあるインディアン女性の親族が次々と殺されていったのだ。不正は殺人だけにとどまらなかった。アメリカ政府は当時、インディアンの人権を認めず、オイルマネーのおかげで世界でもっとも裕福といわれたオセージ族の人々は、自分の財産を自由に使うことが許されなかった。地元の白人の銀行家などがオセージ族の人々の後見人となり、資産を管理していた。後見人としての立場を悪用し資産を盗んだ例が多かったという。
後にFBIが事件の真相を明るみにするのだが、村の有力実業家らもぐるとなって、連続殺人に加担していた。オセージ族に同情する白人の弁護士が首都ワシントンへ事件解決に向けた陳情に行った帰りの列車のなかで殺されるなど、犠牲者は増えるばかりだった。