■今回の一冊■
THE WHISTLER
筆者 John Grisham
出版社 Doubleday
ジョン・グリシャムは言わずと知れた、アメリカを代表するリーガル・スリラーの大御所だ。アメリカの娯楽小説のベストセラー作家の多くがそうであるように、ほぼ年に一作のペースで新作を発表し、毎年のように全米ベストセラーリストの上位に顔を出す。キャリアは30年近くに及びながらも、その人気に衰えはみえない。最新作 THE WHISTLERも11月にニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト(単行本フィクション部門)に初登場して以降、8週連続でランクインし直近の1月1日付のリストでもトップの座を守っている。
グリシャムが書く司法の世界を舞台としたスリラー小説が人気を呼ぶのは、訴訟社会であるアメリカならではだろう。一般の市民が陪審員として裁判に関わることが珍しくないうえ、訴訟に巻き込まれたり、弁護士と接したりする機会も日本に比べ格段と多いはずだ。良くも悪くも豊かな司法文化があり、グリシャムが毎年世に問う新作は舞台設定やテーマが多岐にわたり飽きさせない。日本の読者にとっては、アメリカの司法制度の新たな側面を教えてくれる。
カジノとマフィア、
そして司法との癒着
今回も期待を裏切らない。まず、主人公の設定が目新しい。Florida Board on Judicial Conductという公的組織の女性調査員が活躍する。組織名を意訳すると裁判官倫理調査委員会とでもなるだろうか。一般の市民などから裁判官の不正に関する申し立てを受理し、弁護士の資格を持つ調査員たちが問題の裁判官を調べ追及する。
裁判所の内部通報者の代理人と称する謎の弁護士が、この調査委員会に悪徳裁判官を告発したことから物語は幕を開ける。カジノリゾートの利権を裏で握るマフィアから、裁判官が賄賂を受け取り見返りとして、カジノを巡るさまざまな訴訟でカジノの運営者に有利な判決を下しているというのだ。カジノにマフィアが絡んでいるとあって、マネーロンダリング(不正資金洗浄)から殺人まで関係する犯罪は大掛かりだ。否が応でも物語のサスペンスは高まる。
しかも、申し立てが事実で州政府が不正マネーを回収できれば、内部通報者に巨額の報奨金も渡るという。不正発見を巡る日米の制度の違いは興味深い。