情報産業と他産業の不均衡が背景に
経済成長の質的な転換を図るため、2006年に国務院はイノベーションを重視するという方向性を打ち出した。2014年には李克強総理が「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、万人によるイノベーション)」というスローガンを使って、その方向性をより強化した。その結果、人口の1割が起業家と言われるほどの起業ブームが起こったのだが、問題は起業がインターネットを使った情報産業に集中し、なおかつ実際の産業の状況を反映しない、宙に浮いたような事業が多く立ち上げられてしまったことだった。
インターネットはあくまでツールであり、実際の産業とつながらない事業は無意味だ。産業自体が陳腐化してしまっていて、情報化の波に対応できないなら、まずは実際の産業を改善しなければならない。情報化だけが先行し、肝心の実体の部分が置いて行かれているのを改善する必要性から、2015年に国務院が発表した「メイド・イン・チャイナ2025(中国製造2025)」では、情報化と工業化の高度な融合の推進を目標に掲げた。
この流れの中で、産業強化のために出るべくして出てきた言葉が工匠精神だった。李克強総理をはじめ、政治家の発言に頻出のワードになっている。
工匠精神となると、日本の事例がよく持ち出される。冒頭で紹介した南方週末の記事では「日本の工匠がどれほどすごいか」という見出しを立てて、日本の洗面台や、中国人旅行客が買い求めていたウォシュレット付き便座、工作機械、自動車、冶金、鉄道などの分野で日本の製造業はトップランナーだと紹介している。
「中外管理雑誌」は元パナソニックチャイナ総裁の木元哲氏が中外管理雑誌の産官学懇談会で話した講演に基づき「中国の製造業は日本の工匠精神から何を吸収できるのか」という記事を12月6日に掲載している(http://www.sohu.com/a/208707972_380874)。これは伝統的な「守破離」の思想から日本の工匠精神を説き起こす内容になっている。
日本の伝統産業への関心も強い。たとえば、畳職人の仕事との向き合い方を追った3分足らずの動画が公開から1年足らずで100万回以上再生されたりしている(https://weibo.com/6231836764/F5pq40T4M)。これは訪日中国人を主要ターゲットにしたメディア事業を展開するベンチャー、GoJapanが制作し、5月に公開したもの。同社によると再生回数は120万回を突破しているという。
日本企業の偽装問題が相次ぎ、日本の工匠精神はどこへ行ったのかという論調のニュースもあるが、日本をモデルの一つにするという基本的な姿勢が動揺するところまでは行っていないようだ。
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