2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年2月7日

 米国とEUの貿易交渉が近く始まる。この交渉は、昨年7月、欧州からの自動車の輸入に追加的な関税を課すと脅迫するトランプに欧州委員会委員長のユンケルが訪米して直談判に及び、その結果決まったものである。その見返りに、交渉が継続する間は双方とも追加的な関税を課すことはしない(米国が欧州の自動車に追加的な関税を課すこともしない)ことで折り合ったものである。

(emarto/lenscap67/Bumblee_Dee/iStock)

 その際の共同声明によれば、交渉は(1)自動車を除く工業製品についてゼロ関税、ゼロ非関税障壁、ゼロ補助金を目指す、(2)サービス、化学品、医薬品、医療機器、大豆について障壁を減らし貿易を増やす、(3)規制・標準について緊密な対話を始める、とされていた。

 1月18日に欧州委員会が公表した交渉マンデート案(今後理事会の承認を得ることになる)は二本立てであり、一本は工業製品の関税撤廃に関するもの、もう一本は製品の適合性評価に関するものである。交渉マンデートにない事項については、欧州委員会は米国と交渉し得ないこととなるが、共同声明に言う交渉の範囲に比べてマンデートの範囲は相当狭い印象を受ける。例えば、ゼロ非関税障壁が目標だというが、それは適合性評価の問題に尽きる訳ではないように思われる。なお、共同声明では交渉の対象となる工業製品から自動車が除かれていたが、それはトランプが米国自動車産業にとって重要なピックアップ・トラック(25%の高関税で保護されている)がゼロ関税交渉の対象となることを嫌がったためかと思われる。しかし、自動車も含めることになったようである。その代り、EUの交渉マンデート案には「EUはある種の自動車製品に対する米国の潜在的なセンシテイビティを考慮に入れる用意がある」と記述されている。

 一方、1月11日に米通商代表部(USTR)は、米国の交渉目標に関する17ページの文書を公表している。この文書は共同声明に記された交渉の範囲にはおよそ無頓着で、工業品と農産品の貿易、通信・金融を含むサービスの貿易、衛生と植物防疫の措置、デジタル貿易と越境データ通信、投資、知的財産、政府調達など、果ては為替操作まで、目一杯の要求項目を並べたものである。これらの項目は日本との貿易交渉の目標としてUSTRが掲げるものとほぼ共通である。

 マルムストローム貿易担当欧州委員とライトハイザー通商代表との間で事前に交渉したようであるが、要するに交渉の範囲についてすら合意に至っていないらしい。EUは交渉の範囲を絞り込んでおり、マルムストロームは「我々は米国との広範な自由貿易協定交渉を提案しているのではないことを明確にしておきたい」と述べている。紛糾の種は幾らもある。例えば農産品を含まない協定を米国議会が承認するかという問題がある、しかし、農産品は共同声明で交渉の対象から除外することに成功したとEUは思っているに違いない(農産品について唯一合意したのは大豆の輸入増大で、現にEUはこれを実行している)。従って、EUの農産物市場への「包括的な」アクセスとか、遺伝子組み換え作物、ホルモン剤投与牛肉、塩素処理チキンに対するEUの規制の改廃などを要求されても、EUは交渉マンデートにないとして交渉に応じない積りであろう。

 交渉の見通しは暗い。しかし、もともとこの交渉は自由貿易の利益を共に享受しようという積極的意図によるものではないのだから、必ずしも交渉が成功裏に終わらなくても貿易戦争を避ける道具になってくれれば十分である、という理屈は成り立つ。ただ、そういうことで何時までトランプを封じ込め得るかという問題はある。                                 

  
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