2022年12月2日(金)

矢島里佳の「暮らしを豊かにする道具」

2019年3月8日

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矢島里佳 (やじま・りか)

株式会社和える 代表取締役

1988年東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月、株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2012年3月、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、 “0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す。テレビ東京「ガイアの夜明け」にて特集される。日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を展開中。

「目覚めの一杯」を楽しむのに流派などいらない

 抹茶茶碗、茶杓(ちゃしゃく)、茶筅(ちゃせん)があれば簡単に抹茶を飲める。家に抹茶茶碗や茶杓がなければ、抹茶茶碗はお椀で、茶杓は小さなスプーンで代用してもよい。ただし、茶筅だけはやはり茶筅でなければならないのだ。お抹茶を小気味よくやや泡立てる茶筅。私は表千家なのだが、湖に細いお月様が浮かぶように立てるのが良いとされているので、泡立て過ぎない。逆に裏千家は、泡がたっぷり立っている方が良いとされているので、お泡立ちよく仕上げる。

 と、まあ流派ごとにいろいろと美の定義が異なるのだが、朝、目覚めの一杯の抹茶を飲むのに、流派も何も必要ないと感じる。茶道から切り離して、単純に抹茶を飲むという思考に切り替えると、案外気軽に抹茶を飲めることにも気がついた。マイルールで美味しいと感じる、美しいと感じる抹茶を点てて、目覚めの一杯を頂けばよいのである。茶道のお点前と、目覚めの一杯として飲む抹茶は、全く別の世界だ。

(写真提供:筆者) 写真を拡大

 朝、目覚めの抹茶を飲むようになった私の新たな発見は、茶筅に目がいくようになったことである。茶道のお道具は、見立てという楽しみ方があり、必ずしも茶道のお道具用に作られたものを使う必要はない。抹茶茶碗がなければ、自分のお家にあるもので、抹茶茶碗の代わりになりそうな器があればそれを使えばよいのだ。

 しかしながら、茶筅だけは見立てで別のものが使われることはほぼないように感じる。竹の柔らかいしなりと素材感は器を傷つけることもなく、お抹茶を美味しく泡立てる。完成仕切った機能美と見た目の美しさ。茶筅、見れば見るほど不思議で、どのように作られているのか気になり、室町時代から続く奈良県生駒市の高山にある「茶筅師の里」へ訪れてみた。

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