2024年11月22日(金)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年5月17日

米国の認識と日本の「認識」とのギャップ

 欧米社会では、日本と韓国は歴史認識が原因で関係が悪いという受け止めが強く、その場合、日本に不利な捉えられ方が多い。米国の主要メディアは、慰安婦を“Sex slave”や“Sex slavery”と評することが多く、日本語では「性奴隷」という実に過激な翻訳になってしまう。これに対し、日本は“Comfort women”としている。こうした表現の違いからもわかるように、国際社会では日本の慰安婦問題についてネガティヴな立場をとっていることが多いのだ。

 2012年度第二次安倍政権が発足した当初、すでに日韓間では慰安婦問題を巡り関係が悪化しており、筆者の過去の記事でも指摘したように(『米国で繰り広げられる中韓の「反日的」パブリック・ディプロマシー』参照)、中韓両国が連携し、米国等で日本批判を行おうとする姿さえ浮上してきていた。中韓は、日本の歴史修正主義が問題で、安倍政権が国粋主義的だとの批判を強め、米国内でも宣伝に努めていた。

 結果、米国内の報道もニューヨーク・タイムズ等は安倍首相を厳しく報じた。安倍首相を「歴史修正主義者(Revisionist)」や「右翼でナショナリスト(A right-wing nationalist)」と呼称し、安倍政権が1993年の河野談話の見直しを始めたことに対して、歴史修正主義の再起を想像させるかのような表現をもって懸念を示したのだ。具体的には、ニューヨーク・タイムズは社説(2013年1月2日付)で、「安倍首相はSex Slaves(性奴隷)の問題をふくむ第二次世界大戦の時代の日本の侵略の歴史と謝罪を書き換えようとする、極めて深刻な間違いを犯そうとしている」と、極めて厳しい表現で安倍首相批判を行っている。

 現在では、2015年度からのパブリック・ディプロマシーの新戦略の一環で「正しい姿の発信」等の政策をとっていることや、韓国政府が慰安婦問題などで執拗に日本批判を続けたことから、米国政府内で韓国への疲弊感(Korea Fatigue)が高まっていることもあり、特に2013年〜2014年頃に多かった米国メディア等の日本に対する厳しい論調は収まっている。

 しかし、冒頭で紹介したヘイトスピーチに関する記事を掲載した米国メディアは、慰安婦について「ある意味幸運な生存者だったかもしれない」としがならも、「映画の中の女性によれば、少女が手当てもされず口から血を流している姿を目撃した」という元慰安婦女性の証言を紹介し、当時の日本軍の行為を、“Horrific rapes(恐ろしいレイプ)”と表現している。

 米国を始め、欧米諸国では“Sex slave”や“Horrific rapes”との考え方がメディアを通じて広められてしまった苦い経験を持つ。こうした状況に鑑みても、日本政府がいくらパプリック・ディプロマシーを行なって、日本の歴史や政策に対して「正しい」理解を持って欲しいと訴えかけても、慰安婦問題に関して日本の主張に肯定的な理解が示されることを期待することは難しい。米国等欧米社会では、人権や女性の権利に対する尊重が叫ばれており、国際社会では慰安婦問題自体を今日的な人権や女性の権利の問題として受け止める傾向が強くなってきている。日本政府が慰安婦問題を否定し、あるいは「正しい発信」に努めていても、米国ではすでに理解されにくくなっており、韓国よりの報道がなされる傾向にあると考えられる。

国際社会での対日イメージ悪化を避けるために

 元慰安婦女性が名乗りを上げ、その証言をもとに制作されたドキュメンタリー映画“Silence(沈黙)”は、韓国や米国で上映され、近く、日本のミニシアターでも上映される予定だと聞く。

 ヘイトスピーチ規制法は、被害者を守るための重要な法律であるが、日本からヘイトスピーチやネット上の反韓に準ずるような書き込み自体を根本からなくすことは、難しいだろう。

 しかし一方で、韓国からの訪日観光客も増加傾向にあり、日本政府観光局によれば、2018年に韓国から日本を訪れた観光客は前年比5.6%増の753万9000人で、過去最高を記録した。また、韓国国内事情を背景に、日本の大学への進学や日本企業への就職を目指す韓国の若者が急増し、韓国政府も「今後5年で1万人」を日本で就職させるという支援策を打ち出している。

 日本は国内問題として、少子高齢化という大問題を抱えており、安倍政権は、外国人の大規模受け入れに向けて舵を切ったばかりだ。外に目を向ければ、北朝鮮問題や米中の対立等、日本周辺の外交・安全保障環境にも大きな変化が生じている。こうした国内外の問題は、日本単独で解決することが困難である。隣国と関係を改善し信頼関係を構築して、協力して課題克服に努めることは、今後の日本の経済発展および外交・安全保障政策にとっても不可欠だろう。

 一方で、韓国の反日宣伝等の活動を野放しにしておくことはできない。現在の国際的な外交政策の主流は、「イメージ戦略」だ。そうした中、日本は、人権等が重んじられる国際社会において自国のイメージが悪化するといった事態は回避せねばならない。政府の戦略的なパブリック・ディプロマシー等の外交活動と、社会の穏健で節度のある言動が国際社会にも好影響を与えるということを理解しておく必要がある。
 

  
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