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2020年1月12日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

 大阪・北浜。かつては証券会社が軒を連ねる株式取引の町で、東京の兜町と並ぶ金融の中心だった。バブルの頃までは大いに賑わっていたが、電子商取引の普及や東京への一極集中で、今ではすっかり活気は失(う)せている。

朝からにぎわいをみせる北浜テラス
(写真・湯澤 毅、以下同)

 そんな北浜で、かつて賑わいをみせていた頃には誰も目を向けなかった一帯が、今、おしゃれな人気スポットに変身している。「北浜テラス」と呼ばれる淀屋橋にかけての土佐堀川に面した一帯が、若者や外国人観光客の憩いの場になっているのだ。

 太陽が傾き、町が夕闇に沈んでいく頃が、最も美しい。カフェやレストランが設けたテラスに座り、川面を眺めながらグラスを傾ける。対岸の中之島公園ではレンガ造りの中央公会堂がライトアップされ、ムード満点だ。

 バブルの頃は、北浜側から川面を眺めることはできなかった。高い護岸堤防に目隠しされていたからだ。川に面したビルも窓を開けることなどまずなかった。臭うからだ。対岸の中之島公園もホームレスがたむろする場所で、カップルが歩けるようなところではなかった。川は、都会によくあるドブ川のような扱いがされていた。

官民挙げて「規制突破」

 それが人気スポットに変身したのは、官民挙げて取り組んだ、ある「規制突破」が実現したからなのだ。仕掛け人は都市プランナーの泉英明・ハートビートプラン代表だ。

【泉 英明(いずみ・ひであき)】
1971年東京生まれ。都市プランナー。2004年にハートビートプランを設立。現在、南海電鉄なんば駅前、山口県長門湯本温泉の再生も手掛ける。(写真右、左は「御舟かもめ」の中野弘巳さん)

 泉さんのアイデアは、堤防に面したビルオーナーたちで、堤防の上に張り出すテラスを作れないかというもの。京都の鴨川で夏の風物詩になっている「川床」を、土佐堀川でも実現してしまおうというものだった。しかも、常設だ。河川やその周辺は大阪府市だけでなく、国土交通省など様々な官庁の規制がからむ。

 「そんなことできるんかいな」

 泉さんたちNPOメンバーは淀屋橋から堺筋、今橋にかけて、土佐堀川に面したビルのオーナーを一軒一軒訪ね歩いた。2007年くらいのことだ。ちょうど、大阪府市と経済界による、「水都大阪」プロジェクトが進んでいた。大阪は市内をぐるりと川と掘割が囲み、明治の頃まで「水の都」と呼ばれていた。生活と水辺が結びついていたのだ。それを復活しようという試みだった。

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