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2019年10月27日

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馬場未織 (ばば・みおり)

日本女子大学大学院修了後、建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。2007年から平日は東京、週末は千葉県南房総市の里山の二地域で居住する。田舎暮らしなどをテーマに執筆活動を展開。南房総の里山と都市に暮らす人をつなぐNPO法人南房総リパブリックの理事長も務める。著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。

 前回、南房総での台風15号被害について記事を書いた時点では、その後全国に被害をもたらした台風19号の襲来は想像だにしていなかった。ある地域で大きな災害が起きれば、当面その地域に全国からの支援が集中するだろう、などと考えるのは、「うちの地域にはきっと大災害はないだろう」と考えるのと同じくらい何の根拠もないことが分かった。南房総の復旧・復興に心を砕く二地域居住者として、ここのところ反省すべきことが多い。

 今回は、この頻度で災害が起こる国に住むことを自覚しつつ、被災地域と二地域居住者の関係について考えてみたい。

台風15号で被害のあった屋根に張られたブルーシートは、台風19号ではがれた(筆者撮影、以下同)

15号襲来後に19号が襲来した南房総

 筆者の運営するNPOと縁が深い館山市富崎地区には、被災後、何度も足を運んだ。15号での被害が極大だったこの地区にはひととき、全国から集まったボランティアがひしめいていた。

 妙なもので、人がたくさん集まっていると、それがどんな理由であれ活気に満ちた雰囲気が生まれる。9月後半のとある週末などは、こんなに人がたくさんいる光景は祭り以外で見たことがないというほどの賑わいだった。力を合わせて屋根にブルーシートを張り、土嚢袋をどんどん運び、濡れた畳をあげ、散乱していたがれきを片付け、炊き出しが振る舞われ、キッチンカーが何台か出現した。「地域の暮らしが大きく損なわれた」という事態の深刻さは変わらずとも、プロ・アマのボランティアがわざわざ駆けつけてくれた事実は、住民たちに「よし、ふんばろうか」と思う力を与えるものだったろう。

 その後、10月に入ってすぐ、台風19号襲来前に富崎を訪れた時、人の気配が一気に失われたことに驚いた。そもそも小さくて静かな海辺の集落なのだから、元の状態に戻っただけとも言える。が、「ここの支援はもうおしまい」と言われているかのような寂しさは拭えなかった。19号の去った後などは、多くの家のブルーシートが無残にはがれ、破れてばたばたはためき、飛ばされたシートはほうぼうに巻きついて、きっと家の中では雨漏りが前にも増して酷いだろうと察するに難くなかった。生活の不安は解消されないにもかかわらず、ボランティアはもういなかった。

「こんなに全国の被害が出るとはねえ。もうここにボランティアは来ないよねえ。だって他にもっと酷いところがあるじゃない。そっちに行くでしょう、ふつう」。地域の人々は、川が決壊した他県の人々のことをとても心配していた。他人事ではいられないのだろう。

 そう。それは順当な話だ。もっとも被害の酷かったエリアに、ボランティアは集中していく。千葉もそうして助けられた。

 それにしても、15号襲来直後にサポートセンターを立ち上げた筆者の想定は甘かった。ボランティアは徐々に減るだろうと考え、それでも支援が続くような仕組みを(今となってはだいぶ悠長に感じるが)年内をめどにいろいろ試しつつ構築していくつもりだった。ところが続けざまに大きな災害が起こり、一気にこの地域への支援の手がなくなったのを目の当たりにし、「災害→復旧・復興→経験を未来に生かす」といったスピード感では立ち行かないことを実感した。被災しつつ次の災害を警戒しつつ復旧も進めつつ復興への道筋も考える、というように、同時進行でいくつもの課題をこなしていかねばならない。

 最もホットな被災地に支援が流れていく、という摂理の中では結局、“続く支援”は生み出せないのだろか。地域のことは地域内で落とし前をつけなければならないのだろうか。

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