中国EC最大手のアリババが提唱した「ニューリテール」と呼ばれる小売革命。大都市だけでなく地方都市まで席巻している。これに働き方の変化と若い世代の購買力の急伸が加わって、小売りの現場は劇的に変わってきた。中国での人材育成に携わってきたワンストップ・イノベーション執行役員CCOの愛甲香織さんに現状を聞いた。
ハイブランドが最も売れるのは地方都市
――中国での買い物体験がかつてと全く違うものになってきたと聞きます。どういうことなのでしょうか?
2016年にアリババの創業者のジャック・マー元会長が提唱したニューリテールで、小売りがめまぐるしく変わっています。一つは小売りの形態の変化、もう一つは働き方の変化です。
私は長年日本航空で外国人も含めた人材育成を手掛けてきました。接客の仕方などの指導を海外ですることもあるのですが、2017年の終わりごろから中国から指導をしてほしいというオファーが急に増えたんですね。その背景にニューリテールがあります。
上海や北京といった大都市でも変化はありますが、特に地方都市の発展ぶりが目覚ましいですね。高級ブランドのルイ・ヴィトンは中国のどこで最も売れていると思いますか。
――上海? 北京でしょうか?
最も売れているのは、武漢です。ほかのハイエンドのブランドも同じ傾向だと聞いています。武漢や成都といった「二線(二級)都市」と呼ばれる地方都市でかなり売れています。
なぜなら、例えば成都ならその周辺だけで1億人近い人口を擁しているんですね。しかも、都市周辺には購買意欲が高いけれども、普段なかなかブランド品が手に入らず、買うとなると高額を使う人が多いのです。先日、地方都市のエルメスの店舗を2人で2時間借り切って買い物しているところに出会いました。有名な化粧品ブランドでも、上海や北京よりもこうした地方都市での販売により力を入れています。
アパレルではかつて、中国人はブランド品なら買う、日本製なら買うという時代がありました。ただ、今では中国人自身の感度が高まっているし、服の布地を見て価値を見分けられるようになっています。
OMO(オンラインとオフラインの融合)の時代
中国ではEC(電子商取引)が発達していて、6割がECを利用すると言われています。でも、リアルの店舗に行く人もいるんですよ。O2O(オンラインからオフラインへ)はもちろん、今ではOMO(Online Merges with Offline・オフラインとオンラインの融合)と言われ、デジタルの情報と現実の融合が進んでいます。
例えば、デジタルサイネージを使って、実際には服を着ないで試着するサービスがあります。OMOの代表的なものは、アリババの生鮮スーパー「盒馬(フーマー)」でしょう。アプリから購入することもできるし、実店舗で品定めして買うこともできます。注文から30分以内に配達するサービスもあります。
一番お金を使うのは、ミレニアル世代です。ハイブランドは、高校生くらいの若い層を将来的な客層として狙っています。将来の消費を見据えて、試供品を無償で提供する自動販売機もありますよ。
――地方都市に接客の指導に訪れていらっしゃいますね。どんなことを日本人で接遇のプロである愛甲さんに求めているのでしょう?
トレーニングの依頼元から言われるのは「どこでも顧客にいい体験をしてもらいたい」と。ネット通販の買い物体験もいいし、リアル店舗もいいという状態にしたい。リアル店舗とネット店舗の維持にかかるお金はあまり変わらない、つまりネット店舗は設備投資がかなり必要だと聞きます。ネット店舗にお金をかけたのに、リアル店舗の印象が悪くて台無しになるという事態は、避けたいのだそうです。
「顧客に『情緒体験』を提供したい。そうすることで、ブランドが勝ち残れる」という考え方もよく聞きます。「このお店で良かった」「この店員さんで良かった」と感じる情緒的な体験の重要さが、中国のサービス業界でも注目されるようになってきました。
中国人の店員は、お客様を歓迎する気持ちがあっても、うまく表現できないところがあります。経営層は来日して買い物体験をしているので、もっと良い情緒体験を提供できるはずだと分かっています。ただ、どうして日本での体験が心地いいのか分からない。ですから、なぜなのか、どうしたらいいのかを私が伝えます。
お客様を歓迎する気持ちを伝えられるようになると、店舗の売り上げが指導を受けて実践したその日から、150%になったりします。「お客様から『あなたから買いたい』とか『こんなに親切にされて嬉しい』と言ってもらえる」「心と心の交流が生まれる」と言われますね。