中東地域問題の解決について、二人の歴史学者(英国ケンブリッジ大学のMiltonとAxworthy)と元英国外交官のSimmsの共著による“Towards a Westphalia for the Middle East(中東のためのウエストファリアに向けて)”が、新鮮なアプローチを提案している。彼らの提案は、近代ヨーロッパの始まりにおいて、“終りのない戦争”であった30年戦争を終結させたウエストファリア方式を、シリア紛争をはじめとする現代の中東問題解決に適用しようとするものである。
30年戦争は神聖ローマ帝国の末期、ドイツにおいて当時勃興しつつあったプロテスタントの新興勢力が反乱を起こし、これに周辺諸国が次々に介入してヨーロッパ全体を巻き込み、30年にも亘る大戦争であったが、宗教戦争的要素、帝国支配への属領の反乱、国家間の対立など複雑な要因が絡み合った戦争であった。最終的にはウエストファリア条約によって終止符が打たれたが、この条約は国際政治において主権国家の役割が明確にされた条約とし歴史的に大きな意義を持つものとして認識されている。
ウエストファリア条約の枠組みが今日の中東問題の解決に役立つのは、地域を包含した紛争処理の法的なメカニズムを導入した点においてである。著者たちは、中東における今までの外交的試みが失敗したのは、問題を狭い視野で捉え過ぎたからであり、各紛争は国家の正統性、宗派主義、地域覇権を巡る争い(特にサウジとイランとの間の)のようなすべて地域をまたぐ要因によるものであるので、域内主要国や域外関係国の参加による包括的な解決が必要と主張する。具体的には、地域の主要な当事者(プレーヤー)及び域外関係国が参加する一種の集団安全保障体制をベースに、全ての関係国、勢力の安全を保障して、地域全体の平和と安定(宗派間の共存や少数派の権利保護を含む)を実現するというものである。そのような包括的な合意を達成する為の全ての当事者、関係国による会議を提唱する。
これに対し、ブルッキングス研究所のSuzanne Maloney外交政策部副部長・中東政策センター上級研究員は、Foreign Affairs誌2020年1月/2月号掲載の書評論文で同書を取り上げ、そのような包括的アプローチの発想の大胆さ、新鮮さは認めつつ、当時のヨーロッパと現代の中東との状況は多くの点で異なるとして、各紛争、国内状況に応じた個別的なアプローチが有効であり、特に各国民の自発的な改革への意思を支援することが重要であるとしている。
確かに、Maloneyが述べるように、現在の中東の根本的な不安定要因は国内統治の脆弱さにあり、そのような個別の状況を無視して、関係国による“壮大な取引(grand bargain)”によって解決しようとするのは、学問的な、或いは将来に向けての議論としてはあり得ても、具体的な政策として現実的ではない。
ただ、中東における多くの紛争、シリア、イエメン内戦などは、国内的な要因と共に外部勢力の介入によって代理戦争的な性格を帯びており、これらの紛争の政治的解決のためには周辺国、域外国の同意がなければ政治的解決は実現せず、中東の中長期的な安定は実現不可能である。従って、域内・域外の関係国の意思疎通、信頼醸成のために、中東全体の安定化、安全保障について話し合う場を持つという構想は、情勢の悪化を抑えたり、個別の紛争解決を促進するという意味では有用であろう。
しかし、米国、欧州諸国は介入疲れ、他方の主要プレーヤーのロシアは不安定な状況から利益を得ている現状では、主要な関係国の間で話し合いの為の共通な土壌が存在せず、まだ、このような機は熟していない。中東の混迷が終わる見通しは立たない。
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