昨年新設された在留資格「特定技能」を通じ、政府は5年間で最大34万5000人の外国人労働者を受け入れるという。その候補者として、実習生と並んで期待されるのが日本への留学経験者だ。
留学生の数は2019年6月末時点で33万6847人に達し、12年末から18万近く増えている。政府が推進する「留学生30万人計画」によって、アジアの新興国から出稼ぎ目的の留学生が大量に入国したからだ。
留学生には「週28時間以内」でアルバイトが認められる。しかも仕事をかけ持ちすれば、法廷上限を超えて働くことも難しくない。手取り給与が月10万円程度の実習生よりずっと稼げるのだ。そこに目をつけ、「留学」を出稼ぎに利用する外国人が後を絶たない。
そうした留学生の違法就労に対し、最近になって法務省入管当局が監視を強めている。「週28時間以内」を上回る就労が発覚し、留学ビザの更新が不許可となるケースも相次ぐ。ビザが更新できなければ母国へ帰国するしかない。また、学費の支払いで出稼ぎの目的が果たせず、自ら日本から去っていく留学生もいる。そんな留学経験者たちには、特定技能外国人として再来日する希望があるのだろうか。
なぜ“偽装留学生”になるのか?
出稼ぎ目的の留学生を最も多く送り出してきたのがベトナムだ。ベトナム出身の留学生は19年6月時点で8万2266人に上るが、その多くは出稼ぎのため、留学費用を借金に頼り来日している。昨年4月にベトナムに帰国したファット君(25歳)も、そんな“偽装留学生”の1人だった。
2年近くに及んだ彼の日本での暮らしは、“偽装留学生”の実態を象徴するものだ。ファット君の体験から振り返ってみよう。
彼は17年7月、東京都内の日本語学校に入学するため来日した。学校の初年度の学費やベトナム現地の留学斡旋業者へ支払う手数料などで、約150万円の借金を背負ってのことだ。
こうして留学費用を借金に頼り、母国からの仕送りが見込めない外国人は、本来であれば留学ビザの発給対象にはならない。留学ビザは、日本でアルバイトなしで留学生活を送れる外国人に限って発給される原則なのだ。しかし「30万人計画」推進のため、政府は経済力のない外国人にまでもビザが出し続けてきた。
そのカラクリはこうだ。ベトナムなど新興国の留学希望者には、ビザ申請時に親の年収や銀行預金残高が記された証明書の提出が求められる。ビザ取得の基準となる額は明らかになっていないが、年収や預金がそれぞれ日本円で200万円程度は必要となる。新興国の庶民にはクリアが難しいハードルだ。そこで留学斡旋業者が書類を準備する。行政機関や金融機関の担当者に賄賂を渡し、でっち上げの数字が記された書類をつくるのだ。そうした賄賂も留学希望者が負担するため、借金の額はさらに膨らむ。
書類は留学先となる日本語学校から入管当局へと届けられ、ビザ発給の可否が審査される。日本語学校の担当者も「でっち上げ」には気づいている。だが、留学生を増やして利益を上げようと、でっち上げを黙認する。そして入管当局もまた、でっち上げの書類を受け入れ、ビザを発給する。
ファット君の日本語学校では、クラスメイトのほとんどがベトナム人だった。彼と同様、書類を捏造してビザを取得した“偽装留学生”たちである。連日の夜勤アルバイトで疲れ果て、授業中は机に突っ伏している者も多い。そんな状況を学校側は気にも止めない。授業に出席し、学費さえきちんと納めてくれればよいのである。
“偽装留学生”を都合よく利用しているのは、日本語学校だけではない。彼らのアルバイト先もそうだ。
ファット君は宅配便の仕分け現場、弁当の製造工場などでアルバイトすることになった。「週28時間以内」で働いていれば借金や学費の支払いはできないため、多くの“偽装留学生”と同様に仕事をかけ持ちした。
アルバイトの面接では、かけ持ちについて必ず正直に話した。しかし、面接で落とされることは一度もなかった。雇う企業としては、何よりアルバイトを確保したい。また、留学生を「週28時間以内」で働かせている限り、罪にも問われない。万が一、違法就労が発覚しても「知らなかった」と言い訳でき、罪に問われるのはアルバイトをかけ持ちした留学生本人だけなのだ。
日本語学校やアルバイト先での体験を通じ、ファット君は次第に“偽装留学生”の置かれた立場を悟っていく。
「ワタシたちは利用されているんです。ワタシたちがいなかったら、学校もアルバイト(先の企業)も困りますから」
筆者はファット君を来日当初から取材し続けていた。明るく、ひょうきんな性格で、自らの境遇を笑い飛ばせる強さもあった。
実は、彼がビザ申請時に提出した書類には、親の年収など以外にもでっち上げがある。履歴書からして、でっち上げなのだ。
ファット君は高校卒業後、兵役に就いている。だが、「兵役があるとビザが取得できないかもしれない」という斡旋業者のアドバイスで履歴から削除し、代わりに専門学校に通っていたことになっている。
「ワタシの書類は、ぜんぶそう(でっち上げ)ですよ」
そう言って、大笑いしていたものだ。そんな彼が一度だけ、
「もう、ベトナムに帰りたい……」
と涙を流したことがある。留学ビザの更新時、日本語学校とトラブルになったときだ。
彼が当初取得したビザは、在留期間が「1年3カ月」だった。日本語学校に在籍中、一度更新する必要がある。そして更新できれば、「6カ月」の延長が認められる。つまり、日本語学校を卒業する1カ月後の19年4月まで在留期間が伸びるわけだ。
すると学校側は、1カ月分の学費に相当する「6万円」を上乗せして請求してきた。卒業後まで学費を払う義務など当然ない。全く不当な要求だが、ビザの更新手続きは日本語学校が担う。支払わなければ手続きを取らないと脅しているのだ。
他の留学生は手続きをしてもらうため、学校側の言う通りに支払っていた。ファット君は納得できなかったが、どうすることもできない。アルバイトをかけ持ちして稼いだ金も、こうして日本語学校に吸い上げられてしまうのだ。留学費用の借金もなかなか減らず、来日の目的であるベトナムの家族への仕送りもできない状況だった。