名門校、未来への学び

2020年2月7日

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鈴木隆祐 (すずき・りゅうすけ)

ジャーナリスト

1966年長野県生まれ。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーに。著書に『名門高校人脈』(光文社新書)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)ほか。

類は友を呼ぶ

岡本氏(撮影、筆者)

 卒業式を前にしての最後の授業では、教室の後の黒板に【桜の花散りちりにしも別れゆく遠きひとりと君もなりなん】という釈超空の歌を、独特の字で気魄を込めて書いたとか。村田先生は後に湘南学園に転ずるのだが、その最初の教え子はこうも回想している。

 「『どのようにして生きるか』を最も悩む時代の生徒達に『その人はこう生きた。こう語った。』を簡潔・強烈に伝える。それが誰より優れていた。『熱き語り部』と呼びたい所以である」

 類は友を呼ぶというが、そんな熱さが多くの生徒にも伝播した。が、一方で岡本さんが言うように、どこか冷めた目で世間を見るのが高校生。

 「都会でもなく、田舎でもない。東京に対する憧れと劣等意識がある。そんなちょっと屈折した感情がすなわち、湘南魂ではないかな。バンカラぶったり、学生運動に傾倒したりね。大先輩の石原慎太郎さんなんか典型的。“太陽族”って言葉の生みの親だけど、本人はどこか斜に構えるところがあってね。よく一緒に飲みましたよ。

 僕も“湘南ボーイ”って呼ばれるのは嫌いでね。底抜けに明るくなれないんですよ。加山雄三さん的なものへの反発はあった。大学ではヨット部に入ったりと、矛盾してるんだけど(笑)。サザン(オールスターズ)にもあんまり夢中になれない。貧しいほどではないが、(湘南は)公立校でしょう。

 湘南での友人の多くはサラリーマンになったけど、同じ外務省に進み、後に文化庁長官になった近藤(誠一)は同期です。最近では三浦瑠璃さんの活躍は嬉しいですね。僕も新聞の対談で知り合って、応援しなくちゃって(笑)」

 「湘南はお袋の母校でもあるんです。私の両親は揃って大阪で、お袋も向こうの女学校は出てるんです。というのに、息子たちを通わせ、よっぽど気に入っちゃったのか、自らも通信制に入学し、嬉々としてスクーリングなんか受けてる。大学を出て、教員になりたかったらしいんですね。1987年の入学ですでに73歳だったから、クラスメイトはみんな孫(笑)。卒業式では総代として答辞を読みましたよ。

 大学は玉川学園の教職課程に入って、若いのに混ざって水泳などやってる。ところが受け入れてくれる実習先がないんですね、80過ぎの年寄りを。それで泣く泣く諦めたけど、105歳でまだ元気ですよ」

 外務省で有力ポストを歴任しながら、早々にキャリアを捨て、新たな道を歩みだした岡本さんのガッツもお母さん譲りなのだ。にしても、母が後輩だなんて、まるでマンガみたいで楽しい限り。いや、早くに母を亡くした私には羨ましい限りだ。

【岡本行夫プロフィール】
MIT国際研究センターシニアフェロー。立命館大学客員教授。東北大学特任教授。NPO法人新現役ネット理事長。
1968年外務省入省。91年に退官し、同年岡本アソシエイツを設立。橋本内閣、小泉内閣と2度にわたり首相補佐官を務める。
外務省と首相官邸で湾岸戦争、沖縄問題、イラク復興、日米安全保障、経済案件等を担当。シリコンバレーでのベンチャーキャピタル運営にも携る。
国際問題について政府関係機関、企業への助言活動の他、国際情勢を分析、執筆・講演・メディアなどで幅広く活動。

Wedge2019年12月号「名門校、未来への学び」では、湘南高校の体育祭を取材しています。

◆Wedge2019年12月号より

  
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