「令和時代に坂本龍馬が生きていたら、中央集権国家を造ろうとは思わないでしょうね」
長崎大学教授の松島大輔さんは、そう断言する。もはや、国家主導ではなく、都市(地域)間でグローバルに戦う時代に入っている。時代の先を見通す目を持った坂本龍馬が今いれば、当然、この変化に気付いていたはず。
「危機感がないことが一番の危機です」。世の中はどんどん変わっていっているにもかかわらず、日本には危機感が少ない。
そんな危機感から上梓したのが、『新アジアビジネス グローバルアントレプレナーの教科書』(日経BP)。1997年に経済産業省にキャリアとして入省後、2006~10年がインド、11~15年までタイで過ごした。役所勤めで、よくそんな長期で海外駐在しましたね? と尋ねると「自分でポストを作ったんですよ」と、笑う。
日本のモテ期は終わっている
松島さんが経産省を辞めて、大学の世界に飛び込んだのは、根っこの部分、つまり「人」から変えていこうと考えたから。「地方→東京→世界」、というこれまでのステップアップではなく、「地方から、即アジア」という人材を育成するという目論見だ。
2015年から19年まで、この取り組みを総括した内容ともいえるが、本書『新アジアビジネス』である。まず説かれているのは、マインドセットを変えること。
技能実習生など単純労働者の日本への受け入れだけを見ていると、日本にとってアジア諸国は「途上国」としての姿のままだ。
しかし、「(アジア各国からの)日本のモテ期はすでに終わっている」という。
というのも、いわゆる日本のお家芸であるチェーン型(下請け構造)は、求められなくなりつつあるからだ。特にタイなどでは、下請け構造に組み込まれた労働集約型の産業は「タイ・プラスワン」として、ラオスやカンボジアに移行する政策を進めている。具体的には、最低賃金をアップさせることで労働集約型の産業を追い出し、資本集約型の産業を呼び込もうとしている。これは、「中進国の罠」といった状況から抜け出すための国策でもある。
アジアは「生産工場」から「イノベーティブ」な地域に転換していると、認識を改めなければならない。その先に見えてくるのが、「新結合」だ。イノベーションと言えば、「技術革新」という言葉が思い浮かぶが、そうではなく「新結合」なのである。
長期固定下請け取引関係に組み込まれた日本の中小企業こそ、そこから抜け出し、アジアの人や企業と結び付くことで「新結合」、つまりイノベーションを起こすことができる。
グローバルアントレプレナー教育
この構想を具現化したものが、長崎大学で行う「グローバルアントレプレナー教育」。地元を中心に海外展開・拡大を考えている中小企業に呼びかけプレゼンをしてもらい、学生と企業のマッチングをして、学生は長期インターンシップとして企業に派遣される。学生は企業の「母屋」ではなく、「軒先」を借りて海外展開を模索する「軒先ベンチャー」だ。学生自身が調査するのはもちろんだが、松島さんらがバックアップする。
このプログラムには全学部生が参加可能で、毎年100人程度が受講している。そのうち30人は、インターン先のアジア支店に勤務したり、アジアの大学に留学したりしている。
そんな経験をした学生自身が「マインドセット」を変えることになる。県庁や、大手自動車メーカーなどに内定をもらっていた学生が、「やっぱり地方企業に就職します」「起業します」と、進路を変更するという。
大学がアントレプレナーを育てるなどというと、「大学が金儲けに走るなんて」と、後ろ指をさされることは、今でも少なくないという。ところが、「実は多くのアントレプレナーが金儲けは二の次で、それよりも新しいことをやりたいという気持ちのほうが強い」。
アントレプレナー教育を通じて、新しいことをする面白さに気付かせたり、その気持ちに火を付けてあげる。それこそが、このプログラムの真骨頂だろう。