明治の反知性主義が見た中国

2020年2月23日

»著者プロフィール
閉じる

樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

漢学が顧みなかった市井の営み

 川田は、日本の伝統的漢学が一顧だにしなかった市井の営みを注視する。

 先ず「妙に婦人の勢力が強いこところ」に驚く。

 垢まみれで「一生懸命に働いている労働者の類でも、家内には、相当に綺麗に着せて、楽に暮させて居る」。貧富の差は極端に激しいが、高級役人や豪商など極めて少数の富める家庭でも、「どうかと云ふに、尚更ら女権が強いさうである」。

 「心ある者は、頻りに家庭の改善を主唱」するが、纏足のような奇妙な風習を一掃し、台所の隅から清潔にするのが先決だ。そこで川田は、「支那根本的改革の第一着は、女子教育を大に鼓吹しつゝ、家庭の改善を計るにある」と考えた。

 「支那の世界一」は多く、たとえば「料理法の発達して居ること」。だが現地で実際に体験してみると、巷間言われるほどにスゴイ料理というわけでもない。だが、それでも確かに「支那は、大国である」。

 現状の国力・国情は情けない限りだが、「民族的勢力に至つては、矢張り、世界一である」。その「民族的勢力」を支えているのが、会館や公所などと呼ぶ民間における「相互自衛機関」であり、「吉凶互に相助け、結局、幸福を増進する機関」だ。「支那商人の信用に豊かなこと」も、民間の相互自衛機関があったればこそ、である。また「政府の行政が不行屆である代りに、自治の美風が」発達している点も「世界一である」。政府が頼りにならないから、民間で「自治の美風」が維持されていることになる。

 「風を望んで、旗色の善い方につく」というのも、「支那従来の外交政策」である。辛亥革命においても、地方権力者は革命軍と清国政府軍の「旗色の善い方につ」いた。まさに「附和雷同の弱点」が“発揮”されたから、辛亥革命は成功したことになる。

 「支那人の長所」として「寛大の風」が認められるが、「歩行の緩慢なるが如く、万事悠長なるは、支那人の缺点である」。「大勢の従僕を使」えば、結果として一事が万事悠長になる。それというのも「結局、人間が安い」からだ。

 「論語の真髄は、全く日本に伝はつて、支那には、其の実が洵(まこと)に乏しい」

 中国にも儒教経典をはじめとして万巻の書籍はあるが、「之を読むものなく」、その教えを実践する者はさらにみられない。だから「四書を始めとして、何れの書も、意味をアベコベにとると、支那人の性情が、自ら分る」ことになる。

 たとえば「乱神を語らず」は「迷信多き」ためであり、「食に語らず」は「食事の際、騒々敷多言する風」が止まないからだ。自然を愛でる蘇東坡、李白、杜甫、陶淵明のように「物質以外の趣味を解するものは四百余州四億の民族中に、幾人もなからうと思はれる」。

大日本帝国の一大任務

 ここで川田は、「大日本帝国の一大任務」に関心を移した。

 「人種繁殖力の盛なる彼の国人に、(欧米列強による)経済的蚕食の畏るべきを知らしめ、国民的自覚の念を惹起せしむる」ことが、「大日本帝国の一大任務」である。「我が商工業の発展上より考ふるも、隣国四億の顧客は、之を忘れてはなら」ないし、「自衛上よりも、道義上よりも、其の他何れの方面より見るも、我が国人は支那人の師友となり、先覚者となり、彼を導き、彼を教へ」、かくて「宇内の平和を、永久に保つことに努めねばならぬ」。

 川田の考えは、おそらくアジアへの野望を逞しくする西欧列強の覇道に憤り、アジアの王道に拠って立ち向かおうとした当時のアジア主義者に通じていただろう。だが「大日本帝国の一大任務」であったとしても、当時のアジア主義者は中国人に「国民的自覚の念を惹起せしむる」ための具体的方策を持ち合わせていたのか。

 たしかに「我が商工業の発展上より考ふるも、隣国四億の顧客は、之を忘れてはなら」ない。だが、とはいえ心の底から「我が国人は支那人の師友とな」れるのか。「人種繁殖力の盛なる彼の国人に、経済的蚕食の畏るべきを知らしめ、国民的自覚の念を惹起せしむる」ことは壮大なるロマンでこそあれ、現実問題として所詮は無理ではなかったか。

 たとえ川田の主張に間違いがなかったにしても、相手側からするなら“要らぬお節介”だったに違いない。「国民的自覚の念」を他国の人間が教え導くことなどムリな相談というものだ。とどのつまり「国民的自覚の念を惹起せしむる」ための唯一確実な道は、その国民が自ら「国民的自覚の念を惹起」するしかないはずだ。

 旅を締め括るに当たり、「矢張り、百聞は一見に如かずで、実地調査の上、支那研究の趣味が加は」った結果、川田は数多くの疑問を持つに至った。

支那に関する疑問

 「其中特に自分の脳を刺激した」という「支那に関する疑問」のいくつかを挙げておく。

●「支那の事情を多少研究した人々の頭脳に起る、第一の疑問」は、「現在の支那に、利己主義以外、多少話せる人物があるであろうか」である。確かに辛亥革命は形の上では成功し、アジアで初の立憲共和政体の中華民国の建国に漕ぎ着けが、「静に大事を料理せらるゝ程の人物は、先ずまず一人もいないように思はれる」。こういった状況にもかかわらず各国が干渉しているのだから、危険極まりない。

●「既に人物は乏しい」うえに、「四億の国民」の民度が余りにも低い。であればこそ、彼らに「多少の国民教育を施し、言語の統一など計るは、一朝一夕の仕事でない」。

●「水陸の動脈とも仰ぐべき水陸の交通機関は、何れも列国に奪はれ」ている状況だが、これら権利をどうやって「回収」するのか。具体策がみられない。

●借款に次ぐ借款で、果して国家財政に将来の見通しは立つのか。これまでも「各省で鉱山其他の物件を担保に入れ」、いままた「軍隊解散費及行政費の充つる為」に借款に頼る。これに対し「列国は競うてこの借款に応ずる」。その結末がどうなるのか。貸す方も、借りる方も、よくよく考えるべきだ。

●「中華民国は、どのくらいつゞくであろうか」。中華民国とはいうが「極端に中央政府の権力の乏し」く、「各省毎に多大の実権を有する共和政体で進む」しかない。現状が続くなら国家としての「体面を取り直し、経済上の基礎を鞏固にする」ことは「骨の折れる話である」。各政治勢力が「何時迄も、内輪喧嘩するようでは、国内疲弊する許りだ」。

 中国の動向が日本の死活問題に大きく関係していることを、川田は力説する。

 中華民国の崩壊は、日本にとって「一衣帯水を隔てた一大障壁を亡くす」ことを意味する。だからこそ「この際、多大の同情を以て、支那を研究する必要がある」。

 だが、「書物の上で調べた支那大陸と、実地踏査した支那大陸とは、著しく相違の点がある」。「孔孟の立派な学問」は日本で完成したものであって、「支那大陸では寧ろ有名無実」に近い。「支那大国は、隣国でありながら、日本人に其真相が誤解されてゐる」。だから、これまでの学者が「其責任を負はねばなるまいかと思ふ」。

 なぜ、いまなお「日本人に其真相が誤解されてゐる」のか。

 「支那に対しては、列国とも、其前途に就き、多少疑問を抱いて居る」。日本人と違って「欧米人士は、支那の内地に入り、殖産興業上に関し多大の研究を重ね」ている。だが日本人は現地に足を運ばない。そこで残念ながらも「支那の現状を詳に研究せんには、外人の著作を手に入れるより他」に確たる情報がない。川田の痛憤は募るばかりだ。

 ビジネスという「所謂平和の戦争に、勝利を占むることは、今日の急務である」からして、愛国心に富む商工業家が一念発起して、「特に江西・江蘇・浙江・福建方面に、然るべき研究隊を派遣し、静に実地調査に意を用ひて貰ひたい」ものだ。

 日本は、軍事力を頼って「干渉の下、無理に植民政策を施さんとせる独逸の不自然を学」ぶべきではない。日清・日露の両戦争で列強の関心が薄れた揚子江一帯に多額の資本を投じ、確固とした基盤を築いた「英国の態度を、腹に入れてかゝ」るべきである。

関連記事

新着記事

»もっと見る