食の安全 常識・非常識

2020年5月21日

»著者プロフィール
著者
閉じる

松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

新型コロナ予防の結論は「わからない」

松永:念のためにお伺いします。2015年にメタ・アナリシスが発表された後、新しい研究がどんどん発表されていますが、佐々木先生からご覧になって、このコクランの評価はまだ改定しなくてもよい、という状態ですか?

佐々木:新しい研究を含めた解析もたしかに必要だと思います。しかし、「科学的な論文評価」はとてもたいへんな作業です。非常に高度な専門知識を持ち、中立的な立場に立てる研究者が複数人必要です。残念ながら、食品や食品中の物質が人に与える健康影響や健康効果については、この条件を満たす人材はほとんど養成されていません。日本には養成機関がないのです。重要なのは、繰り返しになりますが、コクランのような高度で緻密な評価が伝わらず、日本では違う情報が流れるという「ずれ」の存在ではないでしょうか。このままだと、そのずれは、病気と食品の組み合わせを変えながら、これからもずっと続いていくように思われます。

松永:もう1点。乳酸菌の菌種による違いはどう考えたら良いですか? 欧州食品安全機関(EFSA)は、健康効果表示を認めるかどうかの審議で、乳酸菌全般ではなく、その菌種でしっかりとしたエビデンスがあるかどうか、ということを検討し、軒並み「エビデンスが足りない」として却下したのですが。

佐々木:菌種による違い、これはむずかしい質問ですね。なぜならば、[菌種の数]×[健康効果(病気)の種類の数]×[年齢や性別や健康状態の数]×[結果の平均値を計算できてだけの数値を得るために必要な研究の数]=[研究の総必要数] だからです。先ほど、成人と高齢者を対象とした研究は1つずつしかなくて、しかも、その結果は小児の研究と違って成人と高齢では予防効果は認められていないと申し上げました。この結果から成人と高齢者には乳酸菌は役に立たないと結論を下すわけにはいきません。研究が足りないからです。さらに、菌種別と言われたら、これはむずかしすぎます。

松永:結局、成人での乳酸菌による上気道感染予防効果については、「はっきりしない」。したがって、新型コロナウイルスの予防効果は「わからない」。これが、結論ですね。

乳酸菌、念のため食べておいてもいい?

松永:乳酸菌のエビデンスの危うさについては実は、日本のメディアではタブー視されている部分があります。私の経験から言っても、乳酸菌の効果は不明、という話はなかなか記事化させてもらえません。そんな記事は、メディアの広告の大スポンサーである食品メーカーには都合が悪く、広告収入を考えると、編集サイドも掲載を避けたいのです。食品メーカーから圧力がある、というわけではなく、忖度です。

 それに、「日本人に不足しがちなカルシウム多く取れるよい食品なのだから、そこまで目くじらを立てて批判しなくてもいいじゃないか」という気持ちがメディア側にあるのだと思います。

佐々木:それって話のすり替えですよね。 だったら、カルシウムの話だけをもっとていねいにすべきです。

松永:私はやっぱり、メディア側の都合で情報にバイアスがかかるのは問題で、「効かないかもしれないですよ」という情報も伝えて消費者が両方を勘案して判断できるようにすべきだと思います。こんなことをメディアが続けていたら結局は、メディアは信用を失うだけだ、と思っているのですが。

佐々木:ぼくはメディアの人間じゃないから、別にメディアが信用を失ってもかまいません(笑)。何よりも困るのは、「科学」が信頼を失うことです。科学が信頼を失うと、正しい科学を行い、真実を発見しても、世間はそれを信用しなくなります。その結果、人の健康が犠牲になります。

松永:既に、メディアは信用を失っていて、科学も危ういということでしょうか。

佐々木:メディアが食品メーカーからの収入で生きている限り、メディアに襟を正せと言ってもメディアは動けないのではないでしょうか? 別の収入源を確保してあげるなら活路はあると思いますが……。新聞記事や書籍は基本的に読み手がメディアを雇います。一方、広告は企業がメディアを雇います。だから、前者ではメディアは読者に忖度し、後者ではメディアは企業に忖度します。両方のメディアが量的かつ質的に釣り合っているならば社会の情報は健全に保たれます。ところが今は、前者は斜陽で、後者が主流です。こうなると社会に流れる情報は均衡を失い、不健全な事態に陥ります。食品と健康の世界では、このアンバランスがわかりやすく、かつ、極端な形で起こっていると思われます。

松永:新聞や書籍などの読者への忖度は激しいですよ。読者が読みたい情報、つまり、単純化された「あれが効く」「これが悪い」というような情報を提供した方が関心を集めやすいので、そんな情報ばかりを出してゆく。乳酸菌の効果一つにしても、ここまで説明したように、こんなに多くの研究と論点があって、結局は「わからない」が科学的な真実だと思いますが、これは読者に受けないです。

佐々木:たしかに「受けない」でしょうねえ。けれども、「効く」という話は、いくら耳に心地よいとはいえ、なかには、ノンフィクションの形をしたフィクションもあるということに気付かないのでしょうか?消費者も、消費者自身がみずからの目が曇らないよう、そして偏らないように、高いリテラシーを保つための努力を怠ってしまっている……。結局、この問題には企業側、消費者側、双方にそれぞれの責任と課題があるように、ぼくには思えます。

松永:次回は、欧米でかなり話題のビタミンDや、ほかのさまざまな食品・成分が効くのかどうか、さらにエビデンスを掘り下げておうかがいします。

<参考文献>
国立健康・栄養研究所「新型コロナウイルス感染予防によいと話題になっている食品・素材について」
https://hfnet.nibiohn.go.jp/notes/detail.php?no=2142 

消費者庁・新型コロナウイルス予防効果を標ぼうする食品について(注意喚起)
https://www.caa.go.jp/notice/entry/019773/

Hao Q et al. Probiotics for preventing acute upper respiratory tract infections. Cochrane Database of Systematic Reviews 2015(要約は、日本語訳もある)
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006895.pub3/full

国立健康・栄養研究所・「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方 (Ver.191101)
https://hfnet.nibiohn.go.jp/contents/detail771.html

EU Register of nutrition and health claims made on foods
https://ec.europa.eu/food/safety/labelling_nutrition/claims/register/public/?event=register.home

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る