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2020年6月27日

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栗田真広 (くりた・まさひろ)

防衛研究所地域研究部研究員

一橋大学大学院法学研究博士課程修了。
国立国会図書館調査及び立法考査局調査員を経て現職。専門は国際関係論、核問題、南アジア安全保障。近著に『核のリスクと地域紛争―インド・パキスタン紛争の危機と安定』(勁草書房)ほか。

中国を後押ししたもの

 仮に中国が、従来とはフェーズの異なる行動に踏み出したのだとすれば、背景はいくつか考えられる。一つには、このラダック・アクサイチンの国境地域では、中国がインフラ整備で先行し、軍事的アクセス面での優位を保ってきたところ、モディ政権下のインドがLAC付近のインフラ整備を加速させ、ラダック東部でLACに沿って走る道路の年内完成を見込むなどしていることに、中国が神経を尖らせているとの指摘がある。中国は、6日の軍団長級協議でも、LAC付近のインフラ開発停止を求めた。

 加えて、インドに対するより幅広い面での不満が、中国の行動を後押しした可能性もあろう。恐らく中国側には、ここ数年、インドに譲ってきたとの認識がある。2010年代半ば以来、中国が「一帯一路」の下、インドの近隣諸国への関与を深めたことは、同国の警戒心を呼び、2017年夏、ブータンと中国の国境問題を発端に中印両軍が睨み合ったドクラム事案で、中国は予想外のインドの断固とした態度に驚いた。

 そこから中国は、随所でインドへの配慮を見せ、2018年4月の非公式首脳会談で、悪化してきた中印関係の「リセット」にこぎ着けた。2019年2月には、反インドで連携するパキスタンとインドの軍事危機に際し、パキスタンを積極的には支持せず、5月には、パキスタンの支援が疑われる反インド武装組織指導者への国連制裁について、中国は長らく維持してきた反対を取り下げた。

 しかし、インドは中国の思うように動かなかった。中国は秋波を送ってきたが、インドは「一帯一路」を拒否し続け、新型コロナウイルスのパンデミックの最中、事実上中国企業を狙った形で、「インドと国境を接する国」からの直接投資を、政府の事前承認制とした。何より、インドは昨年10月、中印パ3カ国間で帰属が未確定のカシミール地方のインド実効支配地域を、特別の自治権を持つ州から二つの連邦直轄領に再編した。

 うち一つが今回一連の事案が生じたラダックで、インド政府が公表した地図上は、その範囲は中国が実効支配するアクサイチンまでを含む。実際、中国が実効支配している状況に変化はなく、インド政府も中国に、中国とのLACに影響を及ぼす措置ではないと説明したが、そう受け止められたかは定かでない。

 これらに起因した不満に加え、パンデミックの最中に多方面で強硬姿勢を強める中国外交の全般的傾向や、COVID-19の感染拡大に苦しむインドが強い対応に出づらいとの計算などが複合的に作用し、今回、中国が行動に出た可能性が考えられよう。 

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