6月17日、アサド政権に対する米国の新しい制裁法、シーザー法(正式には「シーザー・シリア文民保護法」)が発効した。なお、トランプは昨年12月20日に同法案に署名していた。ちなみにシーザーというのはシリア軍警察の亡命者の偽名で、2011年から2017年の間にシリアの刑務所や病院で拷問により死亡した5万5000人の写真を盗み出した者とのことである。
シーザー法は、アサド政権を支える部門、特に軍、航空産業、石油・ガス産業、建設業を制裁の対象としている。アサド政権を支えるロシアとイランも対象となる。またアサド大統領、アスマ大統領夫人、シリア軍第4師団長のマーヒル・アサド(アサド大統領の弟)などの個人も制裁の対象とされている。シーザー法の目的はアサド政権にシリア国民に対する虐待を止めさせ、シリアが法の支配、人権と隣国との平和共存を尊重するよう図ることで、そのために包括的な制裁を科すとしている。
このように、シーザー法は建前上シリア国民のためということになっている。しかし、実際にはシーザー法の制裁が発動されることへの懸念からシリアの通貨は急落(最近だけで3分の2下落)し、医薬品などの生活必需品の輸入がさらに困難になるとともに、物価が急騰し、国民生活の困窮は一層強まった。また石油・ガスが制裁の対象とされたことも日常生活に一層支障をもたらすことになった。さらに建設業が制裁の対象とされたことで、戦闘が行われた地域の瓦礫の撤去が進まず、国民の生活の基礎である住の確保が進まない状態にある。このように国民のためであるはずであったシーザー法はかえって国民の生活を一層脅かす結果を招いてしまっている。
シーザー法とは別に、シリアが経済的に頼っているレバノンで経済が失速していることもシリア人の経済的苦境に拍車をかけている。シリア人は昨年9月に危機以来レバノンの銀行から70億ドルを引き出したが、その後レバノンの経済危機で引き出しができなくなった。
アサドにはこのような危機を打開する手立ては無いようである。それどころかアサドの身内からすら批判が出てきている。エコノミスト誌によれば、アサドのいとこでシリア一の大富豪と言われるRami Makhloufはこの5月アサド政権の高圧的態度を批判したビデオをSNSで流したとのことである。また、アサド政権の地盤であるアラウィ派ですら抗議のデモを行ったと報じられている。
フィナンシャル・タイムズ紙のDavid Gardner編集委員は6月18日付の論説‘Sanctions against the Assad regime are unlikely to help Syrians’で「シリアは地中海のソマリアかアフガニスタンになりつつある」と評するが、そういう状態でもアサドに打つ手はない。Gardnerは、「危機的な事態に際し、ロシアは米国に話しかけ、シリアの反対派勢力の主流はロシアに話しかけている」とロシアへの期待を示唆しつつ、危機の打開は外交にしかないのではないかと述べている。ただ、ロシアが米国に話しかけると言ってもトランプはおよそシリアに興味を持っていない。外交がシリアの窮状を打開する可能性もあまり考えられない。
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