9月11日付の英フィナンシャル・タイムズ紙に、同紙の中華圏特派員キャサリン・ヒルが、今般の中国による台湾近辺での空海軍事演習について、台湾当局者の声を紹介しつつ、台湾の行動空間を圧迫しようとするものであり、地域の平和と安定に深刻な脅威を与えるとする解説記事を書いている。
香港への「国家安全維持法」の適用により、20数年間維持されてきた香港の「一国二制度」は消滅した。中国共産党にとって、香港の次の主たる攻略目標が「台湾の独立阻止」、あるいは「台湾統一」であると言っても過言ではないだろう。
最近の中国軍の動きを見ると、明らかにこれまで以上に軍事力を行使して、台湾への圧力を一段と強化しつつある。フィナンシャル・タイムズ紙のヒルの記事も、同様の趣旨である。
ヒルによれば、最近、中国は台湾との間の防空識別圏の台湾側域に入り、空軍・海軍による大規模な合同軍事演習を行い、台湾側を挑発したという。また、南シナ海のプラタス諸島と台湾の南西海岸との間の地域で、軍用機20数機、艦艇7隻により、海・空軍の合同軍事演習を繰り返した。
これほどの大規模な軍事演習は1996年のいわゆる「台湾海峡危機」以降では最大の深刻な脅威であるという。1996年には江沢民下の中国は、台湾の北部・南部の周辺海域にミサイルを発射した。その背景には、台湾で初めて直接選挙によって民主的に総統が選出されることとなったことがある。中国としては、この民主的選挙こそ、台湾が「1つの中国」の枠組みから離脱しようとするものと考えたにちがいない。なお、その選挙の結果、李登輝氏が総統に選出された。
この時、中国のミサイル発射に対して、米国は二隻の空母を台湾海峡に急派したので、中国としてはなすすべもなく後退せざるをえなかった。もちろんあの時期より20数年が過ぎ、今日、中国と米国の軍事力の格差は格段に減少した。
ヒルの記事が指摘するように、従来中台間では、双方の間の防衛識別圏を互いに尊重しあう形で、直接的な衝突を避けてきたが、それが、昨年あたりから、中国側が一方的にこのラインを無視するような行動をとることが多くなった、という。
報道によれば、中国側の軍事活動が強化されるのに呼応して、台湾側の軍事演習の回数も増加しており、中台間の緊張関係は明らかに強まりつつある。
ごく最近、中国の宇宙航空当局は、「地球観測用」などの名目で衛星9基とロケットを、黄海の海上から打ち上げた。このロケットは台湾の上空を北から南方向に縦断したが、台湾を挑発する目的で飛行軌道を意図的に設定したのではないかとの見方が強まっている。
米国は「台湾関係法」(1979年)という国内法を持ち、事実上、武器を台湾に売却し、台湾防衛にコミットしている。最近、米上下両院は「台湾旅行法」を決議した。それにタイミングを合わせるかのように、アザー厚生長官が台湾を訪問し、コロナ対策などについて台湾側と話し合いを行った。アザー長官の台湾訪問は、現役閣僚の訪台であり、米台間の外交関係断絶以来、米国からの台湾訪問の最高位に当たる。
前述のような中国の台湾への軍事圧力強化の背景には、香港や南シナ海での緊張増大に加え、アザー米厚生長官の訪台、チェコ上院議長一行約90名の台湾訪問など、台湾当局の行う外交活動に対する中国の強い反対、いやがらせなどが大きく関係しているものと思われる。
なお、9月17日、米国務省のキース・クラック次官(経済担当)が李登輝元総統の告別式に参列するために、台湾を訪問した。国務省高官の訪台としては、1979年の断交以来では、最高レベルとなる。アザー米厚生長官の訪台に並ぶハイレベルの国務省高官の訪台である。
中国側は直ちにこれに抗議し、「いかなる形式でも米台の当局間の往来に反対する」との立場を表明し、必要な対抗措置を取ることを示唆している。
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