今週末から日本公開が始まる『薬の神じゃない!』は、2018年に中国で公開されるや、記録的大ヒットとなり、金馬奨など各地の映画賞も軒並み受賞した。世界第2位の映画市場に成長した中国でも、ここ数年で間違いなく最も成功した作品の一つだ。実際に起きた事件を扱った社会派エンターテイメント作品として、日本円で制作費1億円あまりの作品が、興行成績500億円のメガヒットに化けることになった。
映画のテーマは、慢性骨髄性白血病をめぐる治療薬の問題である。この病気は骨髄移植をしない限り、根治は難しい。長期の投薬によって症状を緩和していくしかないのだが、効果の高い「分子標的薬」の特許は国際企業の手に握られ、中国では庶民に手が出ない高値で販売されていた。上海で回春薬を売っていた、うだつのあがらない程勇という男のところに、この病気の患者、呂受益が訪れる。インドで安値のジェネリック薬を入手してほしいという相談だった。
離婚で金に困っていた程勇は引き受け、インドに渡って薬を入手する。中国で大量の白血病患者が高値の薬に苦しんでいたことに気づいた程勇は「金の山」を見つけたとばかり、ジェネリック薬の大量輸入に邁進した。患者の母親のポールダンサーの女性、怪しげな英語を使う牧師、繊細な心を持つ街の若いチンピラなど、それぞれの思いを抱えながら、程勇を助けるチームに加わった。しかし、無許可薬の販売は言うまでもなく犯罪で、しかもかなりの重罪となる。経済的利益、自己保身、そして、病気の人々を助けたい義侠心の間で、程勇は選択を迫られる。薬を売るべきか、売るべきではないのか。
結末まで書くことは控えたいが「この世には一つの病気しかない。永遠に治せない『貧困』という病だ」という程勇の言葉が、すべてを語っているように思える。格差社会になっている中国でも、日本でも、どの国でも、貧困と医療の問題はこれからますます重要になってくる。中国だけの問題ではないという目線でぜひ見てほしい映画である。
本作のプロデューサーであり、著名監督でもある寧浩にオンラインでインタビューしたが、今回も「政治の話は避けてほしい」と事前に求められた。中国映画関係の取材では日常茶飯事だ。中国政府の映画業界への審査、締め付けは厳しい。単純な勧善懲悪の娯楽作品ならまだしも、本作は、中国における医薬行政や貧富の格差の問題を問いかける内容も含んでおり、当局の審査に引っかかるかどうかギリギリの線で作ってあることもあり、その懸念は十分に理解できる。中国での上映の際も当局と交渉がいろいろあったと噂されている。
ただ、決して製薬業界や医療の闇を告発するといったタイプの作品でもない。涙あり、笑いあり、最後まで観客を飽きさせないエンターテイメントとして十二分な魅力を備えている。だからこそのヒットであるのは間違いない。
もともとプロデューサーの寧浩は自分で監督のメガホンをとる予定だったが、若手監督の文牧野に任せた。なぜ自分で映画を取らなかったのか尋ねると「文牧野がロマンティックな作品を撮ることに長けており、同時に、若手育成映画プロジェクトの一貫としても位置付けたかったからだ」と答え、「私が撮ったらもう少しハードボイルドになったでしょう」と笑った。