10月10日未明に、平壌の金日成広場で朝鮮労働党創建75周年閲兵式が開催された。午前0時からの開催という世界的に見ても例のない時間帯に行われ、金正恩委員長が演説で涙ぐんだり、軍事パレードでは新型SLBM「北極星4ㅅ」(ㅅは朝鮮文字で、アルファベットのsに該当)や新型ICBMが登場するなど注目すべき点が多いイベントとなった。一方で懸念されていた新型ミサイルの発射実験は行われず、金正恩は演説でも米国への直接の言及を避けた。北朝鮮としては「新たな戦略兵器」を誇示しつつ、演説は抑制を効かせるというバランスを図った模様だ。
閲兵式の内容からは、経済制裁の影響でもともと苦しいところに新型コロナウイルス対策を強いられ、さらには台風被害に見舞われた北朝鮮の苦境と、米大統領選の行方を見つめながら現状では大きな勝負をかけるわけにもいかないという金正恩の苦悩を読み取れた。ただし、米メディアは「トランプ大統領が激怒した」と伝えており、金正恩の苦悩はトランプに伝わらなかった可能性が高いようである。
「深夜の閲兵式」は人民向けの演出か
閲兵式は10日午前0時を期して開始され、夜空を彩る大型花火やLED照明を活用した電飾など凝った演出が行われた。花火は一つのキーワードかもしれない。「花火イコール金正恩の新時代」というイメージが平壌市民に定着しているからだ。夜空に打ち上げられる大型花火が「祝砲夜会」として開催されたのは2010年4月が初めてだが、それは金正恩自ら企画し、指導したものだと宣伝されているのである。
北朝鮮の人々、とりわけ平壌市民にとって閲兵式の開催とその放送は、動員という厳しい義務が課される一方で、娯楽でもある。いわば年末の「行く年くる年」を視聴したり、ディズニーランドのエレクトリカルパレードを見るようなものだ。地方で困窮にあえぐ人々はそれどころではないだろうが、従来と異なる新時代を演出するイベントは国威発揚の一環として企画される。
金正恩は演説で人々に対して「ありがとう」「感謝」を12回も連呼し、生活の不便について「すまない」「心が痛い」「面目ない」といった言葉のほか自らの反省の弁を述べた。30分間にわたる演説を「偉大なわが人民万歳!」という一言でしめくくったのも象徴的である。党創建記念日である以上、本来は「栄えある朝鮮労働党万歳!」で終わるべきところだからである。
テレビ中継では、涙を流す一般人民や軍人の姿がたびたびクローズアップされた。演説する金正恩自身も声を震わせ、目元をぬぐう場面が見られた。指導者と党、人民の一体化を印象づける映像だった。金正恩による感情に訴えかける演説は年々増加している印象だ。2017年の新年の辞では、「いつも心だけで能力が追い付けないというもどかしさと自責」を低姿勢で語り、「人民の真の忠僕」になることを誓うと述べていた。最近頻繁に使われる「人民大衆第一主義」という用語が出てきたのもこの時である(『金正恩氏の「新年の辞」、対話攻勢で韓国揺さぶる北朝鮮』)。それは、金正恩の本心でもあろうし、目に見える形で経済的成果を示すことができないという事実の裏腹であるとも考えられる。
各国メディアが必ず触れたポイントの一つが、軍人や聴衆を含めて誰もマスクを着用していなかったことだ。翌日以降は再び市民がマスクをしている様子が報じられているのだが、金正恩演説では防疫問題での「偉大な勝利」が宣言された。北朝鮮は依然として国内での新型コロナウイルス患者ゼロを主張しており、これを改めてアピールした形だ。本当にゼロだとは考えづらいものの、過敏とも思えるほど厳しい封鎖措置によって一定の封じ込めに成功していると考えられる。