2024年4月25日(木)

Washington Files

2021年7月19日

『アジア太平洋における資源に起因する紛争に油を注ぐ気候変動について』

 その背景にあるのが、今世紀に入り、アメリカのグローバル戦略の「アジア・シフト」にともない、とくに広大なアジア・太平洋地域諸国の安全保障が気候変動により脅かされつつある事実だ。

 国連開発計画(UNDP)は、すでに2012年時点で『アジア太平洋における資源に起因する紛争に油を注ぐ気候変動についてClimate Change Fuelling Resource-Based Conflicts in the Asia-Pacific』と題する報告書(96ページ)を公表、気候変動とアジアの情勢不安の関係について論じている。

 その中には、以下のような指摘がある:

  • 2020年代までに、中央、南、東および東南アジアの大きな河川地帯で飲料水不足の発生が見込まれる
  • 南、東、東南アジア沿岸諸国の過密人口地帯が、海面水位上昇、河川氾濫に直面する大きなリスクを抱えている
  • 急速な都市化、工業化そして経済開発に伴い、気候変動が天然資源と環境に及ぼす影響が深刻化する
  • 東、南、東南アジアにおいて、水文学的循環hydrological cycleの変容が起こることから、海岸・河川氾濫と干ばつに起因する下痢、コレラの集団発生そして広範囲におよぶパンデミックの増加が予測される

 その上で同報告書は、気候変動とくに水不足に関連した中国と周辺諸国との安全保障問題に具体的に言及、①中国の水需要は経済成長にともない今後ますます拡大が予想されるが、水資源の死活的に重要な供給元となっているヒマラヤ山脈、メコン川流域が気候変動の影響を受け始めており、深刻な水不足、干ばつ、熱波による農業被害を今後何十年にもわたり経験することになる②中国が去る2012年に、チベット源流からバングラデシュを経由しインドのガンジス川に至るジャムナ川沿いにダムを建設、中国側農耕地帯に用水引き込みを図ったことから、中印両国間で“水戦争”の火種となりつつある③タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム諸国はかねてから、中国がメコン川一帯での開発、事業を事前協議なしに展開してきたことに抗議を続けてきており、バンコク・ポスト紙は社説で「中国はダム建設などにより、近隣諸国の漁民、農民、地域住民に重大な被害を与えてきた」と非難している―などの点を挙げた上で、今後、関連諸国間の紛争に発展しかねないとして警鐘を鳴らしている。

 また、国際紛争への警鐘と対策に取り組む国際機関として知られる「International Alert」(本部ロンドン)も「気候変動と戦争と平和」の関係を論じたレポートの中で、アジア太平洋が重視される理由として、将来的に気候変動に起因する紛争が起こり得る諸国の中に中国、インド2大国のほか、アフガニスタン、バングラデシュ、ミャンマー、インドネシア、イラン、ネパール、パキスタン、フィリピン、ソロモン諸島、スリランカなどが含まれており、「アジア全体としても、14億の人口が海面や河川に面した低地に居住、最悪被害を受けやすい世界ワースト・テンの諸国すべてがアジアにあるからだ」と述べている。

 こうしたアジアの状況を踏まえ、米軍にとっては今後、「唯一最大のライバル国」である中国との覇権争いが激化していくシナリオを視野に、気候変動の深刻な影響を受けるインド太平洋諸国への安全保障確保が急務となりつつある。

 この点に関連し、すでに、国防総省が最近、作成した「暫定的国家安全保障戦略interim national security strategy」の中で「(中国などの)敵対諸国の膨張を抑止し、米国の諸利益防衛のためにインド太平洋地域における米軍の強固なプレゼンスを必要としている」と強調したことは特筆すべきであろう。

 同時に、わが国も、アジアの政情不安につながりかねない気候変動を少しでも軽減するために、これまで以上に積極的に貢献していくことが求められている。

  
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