空自は2020年度、中国軍機に対し458回の緊急発進を実施、21年度も6月までの3か月間で、その数は94回に達しているが、半数以上がこのパターンだという。もはや尋常な数ではない。
これが尖閣危機の現場だ。四国の面積に匹敵するほど広大な領海及び接続水域では、荒天であっても海保の巡視船が常に目を光らせ、船には特殊警備隊(SST)の隊員たちが乗り込み、危機に備えている。そして周辺海空域では海自と空自が、1日も休むことなく24時間態勢で警戒監視に就いている。尖閣を守ることとは、中国の脅威と正面から向き合うことにほかならない。だが、懸命の現場とは裏腹に、政治はその本質をあいまいにしたままだ。
想定されていた危機
詳しくは次回配信の(中)「巧妙な中国の手口と知恵のない無策の日本」に譲るが、中国が軍事力を背景に尖閣諸島を日本から奪い取り、東シナ海の現状変更を企てているのは、昨日や今日のことではない。筆者は10年ほど前の2012年、「読売クオータリー」や「外交」など複数の雑誌に、尖閣防衛に関する拙稿を相次いで公表している。
08年12月に中国治安機関の公船が初めて尖閣諸島の領海内に侵入、日本政府に無断で約10時間にわたって違法な海洋調査活動を実施したのに続き、10年9月には中国漁船が海保の巡視船に体当たりを繰り返す事件が発生。さらに、11年3月の東日本大震災直後からは中国海軍が東シナ海で艦隊行動や様々な訓練を実施するようになっていたからだ。
当時、最も想定された危機は、東シナ海に中国海軍の艦艇が展開し、それを背にしながら中国治安機関の監視船(現在は海警局の武装船)に護衛された数百隻の漁船が尖閣諸島の魚釣島などに押し寄せてくるというシナリオだ。その後、「釣魚島は中国の領土だ」といった監視船からの無線交信を合図に、漁船に乗り込んでいた武装した海上民兵が一斉に島に上陸するという具体的かつ詳細なストーリーだった。こうした中国の行動は、南シナ海では何度も繰り返され、ベトナムやフィリピンなどから、スプラトリー(南沙)諸島などを奪い取っている。
こうしたシナリオから対策を講じるべきは、中国が海上民兵を先頭に、軍事組織以外の法執行機関を押し立てて尖閣諸島を奪取しようとする企てに対し、日本はしっかりとした対抗手段を構築しなければならないということだ。その肝となるのは、武力攻撃ではないために自衛隊に防衛出動が発令されないという状況下、言い換えれば、有事でも平時でもない法的にあいまいなグレーな状況、いわゆる「グレーゾーン事態」の中で、海保と警察、そして自衛隊がどうやって尖閣を守り抜くかということだった。
グレーな状況における現行法やシステムの課題については、連載(下)の「平時の自衛権行使に道を拓き、中国に本気見せろ」の中で詳報するが、現行法の矛盾や課題、国連海洋法条約(国際法)との整合性など解決すべき問題は当時から山積し、俎上に載せられていた。
東シナ海を「友愛の海」と標榜し、中国との融和に明け暮れていた当時の民主党政権は論外だが、自民党中心の政権に代わっても、危機が想定されてから10年近くが経過しているにもかかわらず、グレーな状態はグレーのまま放置され続けている。