2022年7月2日(土)

WEDGE REPORT

2021年10月6日

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マチケナイテ・ヴィダ Macikenaite Vida

国際大学大学院国際関係学研究科講師

2006年ビリニュス大学(リトアニア)国際関係・政治学学院卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。15年より現職。共著に『中国対外行動の源泉』(加茂具樹編、慶應義塾大学出版会)。

歴史的なロシアの脅威が
民主主義への強い意志に

 中国に背を向けるリトアニアの方向転換は、主にこの二国間関係のありようと、リトアニアのエリート層が抱いた中国への「幻滅」によって決定付けられた。

 まず経済的な面を見ると、中国との経済関係を深めようとする10年間の取り組みが、大きな成果を生み出していないという認識があるようだ。リトアニアには対中輸出拡大への多大な期待があったが、20年の対中輸出額は3億1500万ユーロで、リトアニアの輸出先ランキングで22位どまりだった。

 また中国からの優先的なインバウンド観光市場として位置付けられていたが、19年の外国人宿泊件数200万件のうち中国人観光客はわずか2万1000件。中国からリトアニアへの外国直接投資(FDI)も伸びず、その額は780万ユーロで対内投資ランキングの40位だ。こうした背景から、「リトアニア企業にとっては中国市場ではなく、台湾市場で十分かもしれない」という議論が浮上した。

 また以前はアジアの遠い国だった中国が、リトアニアにとって安全保障上の問題になった。転換点が訪れたのは19年。リトアニア国家保安局が「国家安全保障に対する脅威評価報告書」で初めて中国に言及し、中国が影響力を行使しようとする取り組みなどを列挙した。

 さらに、中国の国営エネルギー企業の中国電力建設と同社子会社がベラルーシと組み、ベラルーシにあるオストロベツ原子力発電所からの電力販売を支援していると報じられると、中国への警戒が一段と強まった。この原発はリトアニア国境に近く、安全性の問題があると見なされている。ベラルーシが同原発の送電網建設プロジェクトのために中国輸出入銀行から融資を受けていることも明らかになった。

 リトアニアの政府施政方針における防衛の分野では、中国の軍事的、政治的な攻撃性が増していることにも言及している。1990年にソ連からの独立を果たした東欧の小国にとっては、2004年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟して以来ずっと、NATOが国の安全を保障してくれる存在、つまりロシアによる侵略から守ってくれる保護者の役割を果たしてきた。そうした経緯を踏まえると、米国主導の国際秩序に挑戦する中国の存在は、リトアニアの安全保障に対する新たな脅威を意味する。

 そしてリトアニアにとって、中国は民主主義の価値観からいよいよ遠ざかっていく権威主義的な体制として一段と注目されるようになった。リトアニアは自国の独立のために戦った30年前の闘争の記憶がまだ鮮明なことから、外交政策は民主的な価値観を力強く提唱し、海外での民主主義の支援を目指した。

 一方で、今回のこの思考には非常に実利的な計算も働いている。リトアニアの政策決定者の間には、民主主義国との経済協力は最も成果が大きく、権威主義的な体制との経済協力は重大な脅威をはらむという根深い考え方が存在するからだ。

 この思考回路は、ロシアと付き合ってきたリトアニアの体験によって決定付けられた。これまでロシアによって天然ガス価格が不正に操作され、脅しの手段として使われることもあれば、リトアニアからの農産物輸入に制裁が科されることもあったからだ。

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