7月に起きたハイチの大統領暗殺事件を契機にハイチ人の庇護希望者が急増する可能性については既に指摘されていたが、9月半ばに至り大量のハイチ人がテキサス州のメキシコ国境の都市デル・リオに集結し現実となった。その背景には、バイデン政権の一貫性のない対応がある。
バイデンは、当初から移民に対して寛容な姿勢を見せ、強制送還される移民申請者の割合も前政権に比べて大幅に減少し、5月にはハイチ人に一時的保護(TPS)を与える政策を発表した。しかし、8月初めの最終決定ではその対象を、7月29日までに入国したものに限定した。
この間にハイチ人の間に、米国領内に入りさえすれば何とかなるとの期待感や誤解が拡大したことは想像に難くない。
ハイチ本国からの流れだけではない。2010年のハイチ大地震の際にブラジルとチリが合計約30万人規模のハイチ人を受け入れたが、現地社会に統合されず貧困状態に置かれたままのハイチ人も多く、その中にはこの機会に米国に再移住することに踏み切った者も大勢いたようである。
その後、デル・リオに終結した1万5000人(一説には3万人)の移民希望者は、5500人以上がハイチに強制送還され、8000人が自主的にメキシコに戻り、国際橋の下のキャンプは撤去された由である。しかし、他の国境地域での問題もあり、また、同様の事態が再発する可能性もあろう。
バイデン政権は、強制送還については、新型コロナウイルス感染防止のための公衆衛生法に基づくトランプが定めた「タイトル42」と呼ばれる大統領令を根拠とした。また、馬に乗った国境警備隊員が移民を追い立てるニュース動画が拡散し、非人道的な扱いに民主党幹部からも強い批判の声が上がると共に、「タイトル42」は違法であるとの訴訟も起こされ、ハイチ問題担当の大統領特使が抗議の辞任をするまでに至った。
バイデン政権は、公衆衛生上の措置としての強制送還を正当化するとともに、正規の手続きに従う移民申請には前向きに対応する方針だと説明するが、従来の共和党からの移民政策緩和批判に加えて、逆に民主党内リベラル派からは不十分だとの批判が高まり、コロナ対策やアフガン問題と並んで、支持率低下の大きな要因となっている。特にハイチ移民の多くは黒人であり、この問題はバイデンの支持基盤でもある黒人層の支持率にも影響するとの懸念も指摘されている。