2024年11月21日(木)

Wedge REPORT

2021年10月29日

 経営学の観点からも言語化が重要だと指摘するのは、慶應義塾大学商学部専任講師の岩尾俊兵氏だ。日本企業のビジネスパーソンに「米国で言われるリーン生産方式は、トヨタ生産方式の英訳だ」と指摘すると不思議がられることが少なくないという。「日本企業では、『カイゼン』に代表される日本発の『経営技術』のコンセプト化、一般化をしてこなかったことがその原因だ」と岩尾氏は語る。そのため、米国でコンセプト化された経営技術が日本企業に再輸入されて、「すでに実践されているばかりか、先に進んでいた現場の知恵をも捨ててしまう」(同)ことまで起きているという。

「経営技術は、高コンテクストのままでは国境を越えられない。コンセプト化の力、文脈に依存せず言語化しなければならない」(同)。高コンテクストのまま、海外の自社工場に経営技術を移植すれば、定着させるには、多くの時間がかかるからだ。

「産業がハード中心だった時代は、言葉がなくても、『燃費が良くて耐久性がある自動車』のような商品が〝言葉〟の代わりになった。しかし、中心軸がサービスやソフトウェアに入っているからこそ、そのコンセプトを言語化することが大切になる」(同)。

高文脈と低文脈の
ハイブリッド

 部活やスポーツを通じて言語化する力を鍛えることもできる。毎年、愛媛県松山市で開催される『俳句甲子園』で優勝常連校の開成高校俳句部顧問で、国語教諭の佐藤郁氏は20年におよぶ俳句部の取り組みを通じて「言葉を使うトレーニングをすれば、スキルを高めることができると実感する」という。俳句甲子園は、事前に出された兼題(お題)から詠んだ俳句の「作品点」と、詠まれた句に対して互いにディベートする「鑑賞点」によって競われる。

 大会に出す俳句が決まると、ディベートの準備に入る。「ディベートの前提となるのは互いの句を読み合って共通の理解を深めること」(同)。最初は生徒同士で話し合い、続いて佐藤氏も入って質問、指摘を繰り返して考えを深めていく。まさに、言語化し、その内容を高めていく作業だ。そうすることでディベートの内容も「相手の句を批判するのではなく、互いの句を高め合おうとする建設的なものになる」(同)という。

 JFL・いわきFCでユースチームのコーチを務める矢沢彰悟氏は、コーチング留学したスペインでの経験についてこう話す。「攻撃においては『アタケ・オルガニサード(組織的攻撃)』という言葉にまとめられている。その中で『ビルドアップ』『中盤からの組み立て』『フィニッシュ』の3段階に分けて考えられている。感覚的に分かっていたことでも、スペインでは全て言語化されていた」(同)。サッカーの構造を言語化して理解することで「自分で考えること、気づくことの土台になっている」(同)。

 また、スペインの選手に比べると「日本の選手たちは〝自分を表現する〟ことが苦手で、自分の意見や考え、感じていることを主張する姿勢が弱い」(同)。ただ、「言語化する能力が低いということではなく、発言することで『間違ったら恥ずかしい』などとネガティブなこととして捉えている面がある。だからこそ、『意見を求めているのであって、正解を求めているのではない』といった周囲の雰囲気作りが大切になる」(同)。

 2010年、トヨタ自動車のリコール問題に端を発して米下院で行われた公聴会でのタウンズ委員長と豊田章男社長の対話を現場で傍聴し『トヨタ公聴会から学ぶ異文化コミュニケーション』(同友館)を著した明治大学政治経済学部・海野素央教授は「『ブレーキ・オーバーライド・システム(BOS)』について端的な回答を求めたにもかかわらず、豊田氏が丁寧な状況説明をしてしまったために、逆にタウンズ委員長から誤解されてしまうという場面があった」と振り返る。「だからといって、コンテクストの高低に優劣があるわけではない。大切なのは、相手(人間)を理解しようとすることで、それこそがコミュニケーションの基本」と、海野教授は強調する。

 今後、日本人が世界と伍して戦っていくには、自らの考えを伝えることが欠かせない。その基盤となるのが国語教育だ。高低のコンテクストの使い分けができるように日本人自らがアップデートを行えば、グローバル社会の中で存在感を高めていくことができるはずだ。

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■脱炭素って安易に語るな
PART1 政治主導で進む脱炭素 日本に必要な〝バランス感覚〟
編集部
PART2 おぼろげな46%減を徹底検証〝野心的〟計画は実現なるか
間瀬貴之(電力中央研究所社会経済研究所主任研究員)
永井雄宇(電力中央研究所社会経済研究所主任研究員)
PART3 高まる国家のリスク それでも再エネ〝大幅増〟を選ぶのか
山本隆三(常葉大学名誉教授)
PART4 その事業者は一体誰?〝ソーラーバブル〟に沸く日本
平野秀樹(姫路大学特任教授)
PART5 「バスに乗り遅れるな」は禁物 再び石油危機が起こる日
大場紀章(ポスト石油戦略研究所代表)
PART6 再エネ増でも原発は必要 米国から日本へ4つの提言
フィリス・ヨシダ(大西洋協議会国際エネルギーセンター上席特別研究員)
PART7 進まぬ原発再稼働 このままでは原子力の〝火〟が消える
編集部
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Wedge 2021年11月号より
脱炭素って安易に語るな
脱炭素って安易に語るな

地球温暖化に異常気象……。気候変動対策が必要なことは論を俟たない。だが、「脱炭素」という誰からも異論の出にくい美しい理念に振り回され、実現に向けた課題やリスクから目を背けてはいないか。世界が急速に「脱炭素」に舵を切る今、資源小国・日本が持つべき視点ととるべき道を提言する。


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