北京五輪開催前まで続いたミサイル発射
北朝鮮の朝鮮中央通信は、国防科学院などが1月17日に戦術誘導弾の発射実験を行ったと報じた。同通信は、戦術誘導弾の発射実験は国防科学院が北朝鮮西部から実施し、標的としていた東岸沖の島に「正確に命中した」と説明。今回の発射実験は製造・開発中の戦術誘導弾の精度を確認することが目的であり、実験によってその精度、安全性、効果が確認されたと伝えた。
朝鮮労働党機関紙の労働新聞が公開した写真によれば、戦術誘導弾は米陸軍戦術ミサイル「ATACMS」に類似した「KN24」とみられる。韓国軍合同参謀本部によると、ミサイルは約380km飛行し、最高高度は42kmとしている。韓国軍当局は、「4分間隔の連続発射能力と精度の向上が目的」と分析。ミサイルの最高速度は音速5倍のマッハ5前後で、ミサイルの種類は短距離地対地ミサイル「北朝鮮版イスカンダル」を含む戦術誘導兵器の可能性があるという。
ミサイル発射場所がいつもと違って内陸の山間や海岸ではなく平壌近くの順安飛行場である点から、今月14日のミサイル発射の標的(東海のアル島)と同じだったため、北朝鮮軍のミサイル発射能力と精度の向上を目標にした発射実験と推定している。
同月25日には、韓国軍が北朝鮮の巡航ミサイル2発の発射 を発表。韓国紙「聯合ニュース」は、「26日に北朝鮮でミサイル発射に関する報道は見当たらなかった」と報じたが、28日になって朝鮮中央通信が「発射された2発の長距離巡航ミサイルは朝鮮東海(トンヘ、日本名・日本海)上の設定された飛行軌道に沿って9137秒(2時間32分17秒)飛行し、1800kmの目標の島を命中した」とした。北朝鮮に近い韓国や日本では、国連の制裁対象外の巡航ミサイルといえども、十分に脅威になり得るものである。
27日午前8時と同8時5分ごろ、北朝鮮が東部の咸鏡南道・咸興から朝鮮半島東の東海に向けて短距離弾道ミサイルとみられる2発を発射したと韓国軍合同参謀本部が発表した。韓国軍によると、日本海の北東方向に約190km飛行し、高度は約20kmであったという。自衛隊のPAC-3迎撃ミサイルの迎撃可能高度は高度22km以下なので、この高度での弾道ミサイルの飛び方はほとんどがPAC-3の迎撃範囲に収まる。
28日付の北朝鮮の朝鮮中央通信も「国防科学院は25日と27日に、長距離巡航ミサイル体系更新のための試験発射と、地上対地上(地対地)戦術誘導弾の常用戦闘部の威力確証のための試験発射をそれぞれ進行した」と明らかにした。
さらに続けて、30日午前8時、防衛省は、「北朝鮮から弾道ミサイルの可能性があるものが発射された」と発表し、海上保安庁も、午前7時57分に船舶に対し航行警報を出した。1カ月足らずのうちに、7度11発のミサイル発射は、中国のオリンピックを控えての影響もあるかもしれないが、異例の状況である。
この日の発射に関して、松野博一官房長官は会見で「北朝鮮内陸部から、弾道ミサイル一発を東方向に発射した。最高高度約2000km程度、飛翔時間30分程度、約800km程度飛翔し、日本海側の我が国の排他的経済水域外に落下したものと推定される」と発表した。今回発射されたミサイルは、17年4月にピョンヤンで行われた軍事パレードで初めて公開され、その後日本の上空も通過した中距離弾道ミサイル「火星12型」と考えられている。
この最高高度約2000kmは、通常飛行ルートよりも高角度で高く打ち出し、到達距離を短くする「ロフテッド軌道」で、通常の高度で発射されれば、グアムをも射程圏内となる4500~5000kmに達するとみられている。さらにこの「ロフテッド軌道」は、高度が高い上、落下速度も速いので、これそのものが迎撃の難しい飛行経路である。
一方、北朝鮮の国営メディアは、従来1面で報道してきたのと異なり、3面に掲載しており、今回の火星12型の発射については、「検収射撃試験」と伝えている。これは大量生産後に実戦配備されたミサイルを無作為で選び、その品質を検証するための試験であり、実用化段階に入ったということを伝え、紙面での扱いも相応の扱いをしたものと思われる。
金正恩はICBMを含め「全ての活動再開」を示唆
北朝鮮は、史上初の米朝首脳会談を前にした18年4月、朝鮮労働党の中央委員会総会で、核実験とICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を中止する方針を決定。これに従って北東部プンゲリ(豊渓里)にある核実験場坑道の爆破などの作業を海外メディアに公開し、非核化措置を進める姿勢をアピールしていた。
この年の6月金正恩総書記は、シンガポールで当時のトランプ大統領との初の首脳会談に臨み、朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことなどを盛り込んだ共同声明に署名した。しかし19年2月、ベトナムで開かれた2回目の米朝首脳会談では、非核化の措置と、その見返りとしての経済制裁の緩和などをめぐって立場の隔たりが浮き彫りになり、物別れに終わった。
19年6月の3回目の米朝首脳会談は、南北の軍事境界線にある板門店で開かれ、非核化をめぐる米朝協議を再開することを確認したが、10月にスウェーデンで行われた実務者協議では、北朝鮮側が「決裂した」と一方的に発表し、その後米朝間の交渉は行き詰まっている。
昨年1月に発足したバイデン政権は、対北朝鮮政策の見直しを進め、外交を通じて非核化の実現を目指す方針を示し、前提条件をつけずに対話の再開に応じるよう北朝鮮に呼びかけている。しかし、この米国の待ちの姿勢に業を煮やしたのか、金総書記は昨年1月の党大会で、米国を「最大の敵」と呼び、米韓合同軍事演習の中止など「敵視政策」の撤回を改めて求め、冒頭で上述した「国防5か年計画」を打ち出して核・ミサイル開発を強化する姿勢を鮮明にした。
また、バイデン政権が1月12日、先述の資金凍結などの経済制裁を科したことに北朝鮮外務省が強く反発している。