お花畑の農業論にモノ申す

2022年3月9日

»著者プロフィール
閉じる

渡辺好明 (わたなべ・よしあき)

新潟食料農業大学学長

1945年生まれ。68年3月、東京教育大学文学部卒業し、同年4月に農林省入省。水産庁長官、農林水産事務次官、内閣総理大臣補佐官、東京穀物商品取引所理事長などを歴任。2018年4月に新設された新潟食料農業大学で学長に就任した。全国農地保有合理化協会会長も務める。

 米の需給・価格について、岸田文雄首相は、「コロナ禍による米価下落に対して、15万トンの特別枠の設定により対処してきました」と述べている(2022年1月17日、施政方針演説)。また、金子原二郎農林水産大臣の年頭所感にも、同様の表現がある。

食卓に炊き立てご飯が並ぶということは、今や当たり前でなくなっている(kazoka30/gettyimages)

 コロナ禍で米消費の減少・供給過剰⇒価格低落⇒暫定的市場隔離⇒コロナ収束で需要回復という路線を描いているのだろうが、いまの米の消費減少・価格低下の主因を「コロナ禍」に帰してしまってよいのだろうか。これまで、米の関係者が目を背けて見たくなかった「根深い事情・背景」が、コロナによって、世の中に、シャープに明確に提示されたととらえるのが正解である。

 米は、これまで他の食料・農産物に市場を奪われ、他の穀類とその製品に追い抜かれ、同じコメ市場では、家庭での炊飯用の米が「広い・新しい用途を目指すコメ」に圧倒されている。この状況を冷静に見るところから、「コロナ後の米の将来」が展望できよう。

経済社会の進展に応じて「食」は変化する

 消費者の食料・農産物への要求に応えた生産・供給は、「食生活からの反映」である。これまで、経済の成長の下で、食は、高度化、多様化、洋風化、周年化、簡便化の道をたどってきた。一定の摂取カロリーの中で、畜産物(食肉、乳製品)、油脂への需要が増大して、米麦の地位が下がる。

 また、同じ穀類である米麦でも、国民の生活ぶりに応えた工夫や使い勝手のよさ、新製品開発がなされなければ、結局、「対応遅れ」となり市場から脱落していかざるを得ない。さらに、核家族、共働きの増加は、外食・中食化、電子レンジの普及と相まって、冷凍調理済み食品、レトルト食品への需要増など、家庭での調理の簡略化を求めてきた。

 どんな商品にも共通することであるが、生産・供給者は、市場に鋭敏で適正な競争に勝ち残っていかなければ発展はできない。食料産業界は、もっと、マーケットインに目を向けなければならない。なかでも遅れているのが「米」の世界である。

 食糧の生産・流通・消費の全過程にわたって国家が介入し,一元的・統一的に管理する「食糧管理制度(食管制度)」は廃止されたが、多くの関係者には、まだまだ「心の食管」ともいえる症状が残っている。「米は単なる商品ではない。主食である」などの固定観念が、消費者の食生活、食行動、市場構造への対応を遅らせている。いま明らかになった食卓の変化をしっかりとらえて的確な対応を期待したいところだ。

 わが国には、創業以来100年を超える企業が3万社以上はあるといわれているが、そうした企業の経営ぶりは、現状に飽き足らず常に新しいことを求める、イノベーションを目指し進んでいる。コメの業界も、「まだまだ」と軽く見ずに、“Change to remain the same(変わらないために変わらなければならない)”で将来を切り拓いてほしい。

関連記事

新着記事

»もっと見る