2022年11月29日(火)

知られざる高専の世界

2022年3月26日

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堀川晃菜 ( ほりかわ・あきな)

サイエンスライター・科学コミュニケーター

新潟県出身。長岡高専への進学を機に理系の道へ。東京工業大学生命理工学部に編入学。同大学大学院生命理工学研究科修了。農薬・種苗メーカーでの勤務を経て、日本科学未来館の科学コミュニケーター。その後、WEBメディアの記者・編集者を務め、現在はフリーランス。著書に『化学技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)、『みんなはどう思う? 感染症』(くもん社)。

 これを機に同好会に入部した宮本万里歌さんは鈴木さんと同じクラスのしっかり者。主に市場調査や情報収集を担当した。同じく機械科の諸星賢太朗さんはカメラマンを兼務し、新村大起さんは特許取得時の図面をもとに製品図面を起こした。川嶋玲志さんは広報業務を、部長の鈴木檀(まゆみ)さんは電池自転車レースや駿河湾深海調査など同好会で培ってきた経験を生かし、記録やマネジメントを行った。

 まるで一つの企業のように役割分担を敷いた彼らだが「コンテストやレースに参加するのと、商品化を目指すのはまったく別物だった」と紆余曲折の道のりを振り返る。最も難航したのは「誰向けの商品にするのか」というターゲットの選定だった。

 「いわゆるビジネスモデルの考え方でいくと最もメジャーな層、この場合は包丁を使う頻度が多い一般家庭に向けて商品化することを当初考えていました。でも、そういう層は包丁よりも高価な研ぎ器を買うとは思えず、コストを抑えるには量産できる製造方法で作ることを考えなければなりませんでした」と宮本さん。だが、金型による量産を想定すると、使用できる材料にも形状にも制約が生じた。妥協して作っても、試作コストすら採算が取れないかもしれない。行き詰まった彼らに、大津教授が提案したのは「TRIZ(トリーズ)」という発想法を組み込んでブランディングを行うことだった。

本質を見出すために
まずは矛盾点を炙り出す

 TRIZとは、膨大な特許文献の分析から、問題解決のための着眼点や思考プロセスを体系化した理論。発明を40個のパターンに分類した「40の発明原理」がそのツールとして使われている。大津教授は「本質を見出し、それを解決するのがTRIZの基本。本質を見出すために、まず矛盾点を炙り出します」と話す。例えば、音声をクリアに聞き取るためにマイクの感度を高めると雑音もさらに取り込まれ……。というように、あることを改善しようとして意図せず別の問題が生じることがある。これを技術的矛盾という。彼らの場合も、量産化にとらわれたことで、本来作りたいものを作れない、という矛盾を抱えていた。

アイデアを形にするために「TRIZ」という発想法を組み込んで刃研ぎ器のブランディングを行った(沼津高専提供)

 TRIZの考え方に基づき、すべての選択肢を一から見直していった結果、彼らは一般家庭向けではなく、刃物に対しこだわりを持ったマニア向けの受注生産に舵を切った。研ぎ器の本体は耐摩耗性に優れた樹脂のブロックから削り出し、ステンレスの刃をレーザーカットして取り付けた。バネが伸縮することで刃物をうまく挟み、支える。鈴木さんが木を削って作ったプロトタイプでも、量産製造でもかなわないものが形になった。

「かっこいい」。試作品を初めて目にしたとき、彼らの迷いは吹き飛んだ。そして読みは見事に的中。金物の展示会に出展すると、さっそくプロの目に留まった。1日に何十本も包丁を研ぐ職人から「今すぐほしい」と申し出があった。すでに販売実績もあり、今後はさらに細かなニーズに応えるため改良し、洗練させたいと話す。

完成した刃研ぎ器は金物の展示会でプロの目に留まる出来栄えだった(沼津高専提供)

 一連の活動を振り返り、鈴木さんは「かつてはアイデアがあっても想像の域を超えなかったが、形にするための思考法を得られたことが最大の収穫」と話す。部長の鈴木檀さんや宮本さんは「思いがあるだけではものづくりはできない。商品が世に出るまでのプロセスを学ぶことができた」と話す。諸星さんは「まさか高専で経済まで学べるとは思っていなかった。元々、自動車が好きでエンジニアを目指していたが、発想や企画の面白さに目覚め、IT企業への就職を決めた」と話す。

 「本物への挑戦」が重要だと語る大津教授。本物に触れることで理想と現実のギャップに気づく。溝を埋めるべき課題が見えれば、解決に向け動くことができる。これも「トングスモデル」と呼ばれるTRIZの原理だ。理想と現実に挟まれ、もがく高専生は次に何を生み出すのか。ますます目が離せない。

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■デジタル時代に人を生かす 日本型人事の再構築
 Part 1  揺れる日本の雇用環境 人事改革は「人」と組織を生かせるか 編集部
 Part 2  「人」の成長なくして企業の成長なし 人事制度改革の将来像
鶴 光太郎(慶應義塾大学大学院商学研究科 教授)
 Part 3  自ら学び変化する人材を企業人事はどう育てるのか
中原 淳(立教大学経営学部 教授)
 Part 4  過熱するデジタル人材争奪戦 〝即戦力〟発想やめ自社育成を 編集部
Column 1 迫る〝2025年の崖〟 企業は「レガシーシステム」の刷新を
角田 仁(千葉工業大学 教授・デジタル人材育成学会 会長)
 Part 5  技術継承と効率化の鍵握る人間とデジタルの「役割分担」 編集部
Column 2 100分の1ミリで紡ぐ伝統 知られざる貨幣製造の裏側 編集部
 Part 6  「米国流」への誤解を直視し日本企業の強み生かす経営を
冷泉彰彦(作家・ジャーナリスト)
Column 3 全ビジネスパーソン必読!「対話不全」への処方箋
田村次朗(慶應義塾大学法学部 教授、弁護士)
 Part 7  根拠なき日本悲観論 企業に必要な「コンセプト化」の力
岩尾俊兵(慶應義塾大学商学部 准教授

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Wedge 2022年4月号より
日本型人事の再構築
日本型人事の再構築

日本型雇用の終焉─。「終身雇用」や「年功序列」が少子高齢化で揺らぎ、働き方改革やコロナ禍でのテレワーク浸透が雇用環境の変化に拍車をかける。わが国の雇用形態はどこに向かうべきか。答えは「人」を生かす人事制度の先にある。安易に“欧米式”に飛びつくことなく、われわれ自身の手で日本の新たな人材戦略を描こう。

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