これを機に同好会に入部した宮本万里歌さんは鈴木さんと同じクラスのしっかり者。主に市場調査や情報収集を担当した。同じく機械科の諸星賢太朗さんはカメラマンを兼務し、新村大起さんは特許取得時の図面をもとに製品図面を起こした。川嶋玲志さんは広報業務を、部長の鈴木檀(まゆみ)さんは電池自転車レースや駿河湾深海調査など同好会で培ってきた経験を生かし、記録やマネジメントを行った。
まるで一つの企業のように役割分担を敷いた彼らだが「コンテストやレースに参加するのと、商品化を目指すのはまったく別物だった」と紆余曲折の道のりを振り返る。最も難航したのは「誰向けの商品にするのか」というターゲットの選定だった。
「いわゆるビジネスモデルの考え方でいくと最もメジャーな層、この場合は包丁を使う頻度が多い一般家庭に向けて商品化することを当初考えていました。でも、そういう層は包丁よりも高価な研ぎ器を買うとは思えず、コストを抑えるには量産できる製造方法で作ることを考えなければなりませんでした」と宮本さん。だが、金型による量産を想定すると、使用できる材料にも形状にも制約が生じた。妥協して作っても、試作コストすら採算が取れないかもしれない。行き詰まった彼らに、大津教授が提案したのは「TRIZ(トリーズ)」という発想法を組み込んでブランディングを行うことだった。
本質を見出すために
まずは矛盾点を炙り出す
TRIZとは、膨大な特許文献の分析から、問題解決のための着眼点や思考プロセスを体系化した理論。発明を40個のパターンに分類した「40の発明原理」がそのツールとして使われている。大津教授は「本質を見出し、それを解決するのがTRIZの基本。本質を見出すために、まず矛盾点を炙り出します」と話す。例えば、音声をクリアに聞き取るためにマイクの感度を高めると雑音もさらに取り込まれ……。というように、あることを改善しようとして意図せず別の問題が生じることがある。これを技術的矛盾という。彼らの場合も、量産化にとらわれたことで、本来作りたいものを作れない、という矛盾を抱えていた。
TRIZの考え方に基づき、すべての選択肢を一から見直していった結果、彼らは一般家庭向けではなく、刃物に対しこだわりを持ったマニア向けの受注生産に舵を切った。研ぎ器の本体は耐摩耗性に優れた樹脂のブロックから削り出し、ステンレスの刃をレーザーカットして取り付けた。バネが伸縮することで刃物をうまく挟み、支える。鈴木さんが木を削って作ったプロトタイプでも、量産製造でもかなわないものが形になった。
「かっこいい」。試作品を初めて目にしたとき、彼らの迷いは吹き飛んだ。そして読みは見事に的中。金物の展示会に出展すると、さっそくプロの目に留まった。1日に何十本も包丁を研ぐ職人から「今すぐほしい」と申し出があった。すでに販売実績もあり、今後はさらに細かなニーズに応えるため改良し、洗練させたいと話す。
一連の活動を振り返り、鈴木さんは「かつてはアイデアがあっても想像の域を超えなかったが、形にするための思考法を得られたことが最大の収穫」と話す。部長の鈴木檀さんや宮本さんは「思いがあるだけではものづくりはできない。商品が世に出るまでのプロセスを学ぶことができた」と話す。諸星さんは「まさか高専で経済まで学べるとは思っていなかった。元々、自動車が好きでエンジニアを目指していたが、発想や企画の面白さに目覚め、IT企業への就職を決めた」と話す。
「本物への挑戦」が重要だと語る大津教授。本物に触れることで理想と現実のギャップに気づく。溝を埋めるべき課題が見えれば、解決に向け動くことができる。これも「トングスモデル」と呼ばれるTRIZの原理だ。理想と現実に挟まれ、もがく高専生は次に何を生み出すのか。ますます目が離せない。
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