2022年9月28日(水)

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2022年4月4日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大により世界的に「テレワーク」が普及し、働き方の多様化や柔軟性を生みだした。

 米国の場合は、2020年3月の「第1波」のタイミングで徹底した形で「テレワーク」が行われ、多くの州でロックダウンも講じられた。

 しかし、この影響でニューヨーク市では極端に治安が悪化し、レストランの約3分の1は廃業に追い込まれ、富裕層は郊外に流出した。都市機能の崩壊に危機感を抱いた経営者からは、「オフィスに戻れ」という掛け声が出てくるようになった。

 だが、現場の反応は鈍かった。個々人の事情として、ワークライフバランスの観点から、中間管理職も含めてテレワークを歓迎する声が圧倒的多数だった。日々のタスクを回すにはテレワークは極めて効率がいいからだ。

 文書はデジタル化され、コミュニケーションはメールやチャット、ビデオ会議ツールで不自由なく進むとなれば、雑談や来客、会議に時間を取られる「リアル」な職場よりも効率は格段に向上する。事実、コンピューター関連や金融などテレワークに適した産業では、パンデミックの2年間に業績はむしろ向上した。

 しかし、一部の経営者たちが、こうしたトレンドに危機感を抱いている現実もある。例えば、アップル社のティム・クック氏、グーグルの親会社アルファベットのサンダー・ピチャイ氏、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏など、巨大企業の最高経営責任者(CEO)たちがそうである。

 たしかにテレワークなら、日々のタスクは効率よく回り、中間管理職はチームの業績を達成できるかもしれない。だが、経営の観点からは、一見すると無駄に見えるリアルなコミュニケーションの部分が重要だというのだ。それゆえ、彼らの危機感は切実である。

 シリコンバレーの場合、5~10年後を見据えた新規事業の「アイデアの萌芽」は、社員同士の一見無駄に見える雑談から生まれるという。各社が競って豪華な社屋を建設しているのは、理想的な環境を用意することで「高度に知的で、深く、広い」コミュニケーションが飛び交う空間を実現したいからだ。〝世界を変える〟ような発明の材料はそこにあり、テレワークではその機会は消えてしまう。

 金融の場合はもっと切実な問題がある。例えば、ベンチャーキャピタル(VC)の場合は、起業したばかりの企業の将来性を厳密に評価する。重要なのは事業計画だけでなく起業家の全人格の評価だ。このパンデミックの間は、起業家との面談もオンラインで実施されており、それで業務は回っていた。しかし、投資判断の精度を上げるには、やはりリアルな面談が欠かせないのである。

 この点では投資家との面談でも同じ問題がある。何十ミリオンという資金を投じてくる資産家に対して、彼らが「どの程度のリスクを許容」しているのか、その本音の部分というのは画面越しだけでは分からないという。

 また、CEOたちの多くは、将来の幹部候補を、オフィスを巡回して雑談に興じる中で見出すことが多い。新規事業のアイデアにしても、交渉相手の見極めにしても、また人材育成の観点からも、テレワークとリアルでは「コミュニケーションの情報量」が全く異なる。そこに経営者の焦りがある。

 着目すべきは、世界でもいち早くテレワークを確立させた米国でリアルを求める〝揺り戻し〟が起きていることだ。どちらか一方が「正しい」ということはなく、双方の利点を生かすハイブリッドな形を追求すべきではないだろうか。

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