2024年11月21日(木)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年7月8日

プロスポーツの男女格差の側面も

 米国側の事情だが、今回の事件も含めて人質を取って交渉に臨んで来るような相手に対しては、軍も国務省も原則は「弱気を見せない」というアプローチが取られる。これは米国の国としての鉄則である。

 従って、交渉に応じる姿勢は、ギリギリまで見せないのが普通だ。また仮に救出のために何らかの取引をする場合も、その条件は秘匿することが多い。

 けれども、今回の事件ではそうも言っていられない状況がある。そこにはWNBA(女子プロバスケットボールリーグ)の現状という問題がある。男子バスケのNBAは、米国の4大スポーツの一角を占めており、選手の年俸も高い。選手の平均年俸は540万ドル(約7億3000万円)に達すると言われている。

 一方で女子のWNBAの場合は、12万ドル(約1600万円)ということで、そこには45倍の「格差」がある。スポーツにおける男女間の賃金格差は、米国では深刻な社会問題になっており、最近ではプロサッカーの「W杯の賞金」については、男女で「足して2で割る」制度が決定して一歩前進を見たが、バスケの場合は未解決の問題となっている。

 仮に、バイデン政権がこの「グライナー選手の救出」に対して消極的な動きを見せるようだと、単なる戦時における「人質と国益」の問題を超えてしまい、「バイデン政権はWNBAを軽視している」という非難を浴びることになる。実はそうした声は、既に米国内で高まっている。

 逮捕以前の問題として、グライナー選手がこの時期にロシアに入国したのは、WNBAのオフシーズンに、ロシアのプロリーグに参加するためだ。いわゆるオルガリヒがスポンサーになり、ロシアには女子のプロバスケのリーグがある。本国の給与が低いために、国のトップレベルの選手がシーズンオフは「出稼ぎ」をせざるを得ない、その結果の事件だとして、WNBAを救済しないNBAも「炎上」しているのだ。

同性婚と米国司法が抱える課題

 更に言えば、グライナー選手は同性婚者である。同性愛を禁止しているロシアにおいて、同性婚者が不当な拘束を受けているとしたら、やはりバイデン政権にはその「救済を」というリベラル派世論の圧力が来る。米国の連邦最高裁を保守派に「ジャック」されて、全国的な銃の携行と、各州における妊娠中絶禁止という懸案に合憲判断が出され、リベラル派は怒りに燃えている。

 一方で、保守派の中には、「次は是非、同性婚を禁止してもらいたい」という声が高まっており、バイデン政権としては、そうした保守トレンドを押し返す必要がある。そんな中では、同性婚者のグライナー選手夫妻を「バイデン政権は支える」という姿勢を見せる必要がある。

 現地7月5日には、グライナー選手本人から早期救出を望む自筆書簡がバイデン大統領宛に届いた。手紙が届いたこと自体に、ロシアの政治的意図が感じられるが、これに対しては、バイデン大統領が激励の書簡を送るなど、政権は誠実な対応を迫られている。それもこれも米国の複雑な国内事情が絡んでいる。


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