メディアではセンセーショナルな日本批判が並ぶが……
日本と各国について、ハチとの問題を中心におおまかな動きを追ってみました。日本の規制に対する書籍や市民団体などの批判は非常に厳しく、新聞や週刊誌等のメディアも彼らに沿った主張を報じています。「EUでは使用禁止なのに日本は緩和」「見えない毒性」「自閉症・発達障害が急増」などセンセーショナルな言葉が並びます。
しかし、情報にかなりのバイアスがかかっています。筆者の見るところ、以下の6つのポイントにおいて、話は大混乱に陥っています。
(2) EUでは表向き、屋外使用禁止だが、実際にはかなり使われている
(3)ハチへの影響とヒトへの影響が混同されている
(4)発達障害・自閉症への影響を示すエビデンスは非常に弱い
(5)日本人の「一日摂取量」はADIの1%にも至らない
(6)ネオニコをもし禁止したら、代わりになにが使われるか?
(1)ハチ減少の原因は農薬だけではない
ハチなどポリネーター(花粉媒介者)の減少について米国やEUなど各国で原因が研究されていますが、現在でも決め手には欠けています。
政府間組織である「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が16年、評価リポートをまとめています。その中で、ポリネーターを脅かす要因として ①土地利用の変化(農地になりそれまでは多様な植物があったのが単一の作物が植えられるようになる、都市化して植物が生える面積が減るなど)により、ポリネーターの食べ物である花の蜜や花粉の量が減り種類も減っている、②集約的な農業と農薬の使用、③環境汚染、④侵略的外来種、⑤気候変動……などを挙げ、これらが複合的にポリネーターに影響している可能性も指摘しています。
欧州議会も同様の見方を伝えています。また、養蜂産業においては、ダニが巣に寄生し働きバチの体液を吸ったり、ハチに害を及ぼすウイルス病を媒介して深刻な被害を及ぼし、大問題となっています。ダニを駆除するために養蜂家が巣箱で使用する農薬がハチに影響している、という研究もあります。
(2)EUでは表向き、屋外使用禁止だが、実際にはかなり使われている
EUではネオニコの3成分は屋外使用禁止とされています。さらに1成分は承認取り消しです。ところが、実際にはかなり使われています。
これは、EUでは、国ごとに病害虫などが発生し作物の被害が深刻でほかの対策がないときには、その国の責任で特定のエリア、作物に限って農薬を「緊急認可」する仕組みがあるためです。20年と21年にはこの4成分が11カ国で「てんさい(サトウダイコン)」に対して使用されました。ネオニコをいち早く禁止にし、強硬な反対派と目されているフランスのほかベルギー、ドイツ、デンマークなどで使われたのです。
「ハチを守れ」という理念を掲げつつ現実的に運用するEUの老獪さがうかがえます。
(3)ハチへの影響とヒトへの影響が混同されている
ネオニコは、昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体に結合して神経系に作用します。ヒトにもニコチン性アセチルコリン受容体があり、「神経毒」として一括りにして語られがちです。しかし、ネオニコは昆虫の受容体へは結合しやすく、ヒトの受容体には結合しづらい性質です。だから、害虫には効果を持つのです。ところがこの「選択毒性」がなかなか理解されません。
なお、メディアの中には、「ヒトに毒性があることがわかりEUで使用禁止に」と報じたところもありますが、これは明らかな間違い。ハチへの影響が懸念されたためです。
(4)発達障害・自閉症への影響を示すエビデンスは非常に弱い
アセチルコリン受容体へ作用する、というメカニズムから、とヒトへの悪影響が確定したように語る市民団体やメディアがあります。発達障害・自閉症のリスクを上げる、と声高に主張されます。しかし、そのように断定的に語る根拠は今のところはありません。
日本で悪影響の根拠としてよく引用されるのは、kimura-kuroda論文です。12年に米科学誌PLOS ONEに掲載されたもので、ラットの神経の培養細胞を用いてアセタミプリドとイミダクロプリトの発達神経毒性を調べ、ニコチンと同様の興奮状態を引き起こすことを示した、という内容です。
しかし、培養細胞による実験結果は、エビデンスとしては非常に弱いのです。細胞を化学物質に直接さらすのですから、ヒトや実験動物が食べて消化を経て吸収され体内で作用するのとは全く異なります。