昨年10月の総選挙以来、イラクで政治的混乱が続いている。問題は、昨年の総選挙で多数派を握ったサドル派が親イラン派の妨害で組閣に失敗し、今度は親イラン派の組閣を妨害するためにサドル派の国会議員が辞職し、サドル師の支持者が国会を占拠してしまっている事である。
イラクは約500万B/Dを生産し、世界第6位の産油国であり、ロシアのウクライナ侵攻以降、原油価格の高騰が続く中、イラクで政治的な混乱が続くことは世界的な原油の需給バランスに望ましい事ではない。
ウォールストリート・ジャーナル紙のドバイ特派員とバグダット特派員による8月22日付けの解説記事‘Iraq’s Political Crisis Points to Iran’s Weakening Influence in Baghdad’は、イラクで政治的混乱が続く中でイラクにおけるイランの影響力が低下していると分析している。記事の主要点は次の通りである。
・総選挙後の11カ月間にわたるイラクの政治的混乱の中で政争を続けるシーア派の派閥の中で唯一の共通点は、誰も自分達がイランに近いと思われたくないということだ。
・米国によるイラク侵攻、フセイン政権の追放以来、イランは、イラクで親イラン民兵のネットワークを支援し、イランと同様にイラクでも多数を占めるシーア派を団結させ、イランの利益のために利用して来た。しかし、今やイラクのシーア派は、深く分裂し、それは、イランのイラクにおける影響力の弱体化のシグナルとなっている。
・イラクのシーア派の一方の勢力はサドル師の一派で、イラクの国会を占拠している。もう一つの勢力は、マリキ元首相率いる調整枠組み派(親イラン派)である。調整枠組み派はイランを避けるサドル師の勢力と対立しており、イランに近いことで知られているが、同派の幹部もイランと距離を置こうとしている。
・サドル師派と調整枠組み派の双方がイランと距離を置こうとしている事実は、イラン側にとり大きな心配のタネとなっており、イラク、シリア、レバノン等におけるイラクの地域戦略に対する潜在的脅威となっている。
・多くのイラク人は、イランが民兵組織を支援し、これらの民兵組織が現在の腐敗の原因となっている、とイランを非難している。
・イラクの暫定内閣のカーゼミ首相は、国会からサドル派の排除を延期して危機を解決するための協議の場を設けたが、サドル師派の代表者は欠席した。サドル師は、総選挙のやり直しと憲法の改正が認められるまで国会の占拠を続けるとしている。彼の要求していることは、「革命」である。
・サドル師が、国会の占拠を解除することを拒否するならば、親イラン派は、新政権を樹立するために国会以外の場所で新政権樹立のための投票を行うことを計画している。
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上記の解説記事はイラクのシーア派とイランのシーア派を区別していないが、この両者は異なる。国内にシーア派の聖地であるナジャフとカルバラを有するイラクのシーア派は、言わば、伝統を踏まえた正統なシーア派と言える。他方、現在のイランのシーア派は、1979年のイラン革命で権力を掌握したホメイニ師のイデオロギーが強く影響していてホメイニズムとも言うべき、異端なシーア派である。
例えば、宗教指導者が統治するというイランのシーア派の考え方は、正統なシーア派のイデオロギーでは無い。故に、正統なシーア派を信じるイラク人が反イラン感情を有するのは驚くべき事では無い。